遠賀川を望む歴史の城址。
山鹿城跡の特徴
山鹿城址は10世紀に築城された歴史ある名城です。
遠賀川河口の近くに位置し、海と風景が堪能できます。
山頂付近には石碑が立ち、歴史を感じる場所です。
城山公園となっていて、遺構は見あたらず。
歴史を感じました。潮風に吹かれて、とても気持ちよく参拝させて頂きました。お陰様に感謝してます🙏😊⛩
JR折尾駅からバス、割と遠く20分位かかります遠賀川河口のヨットハーバー隣にあります山頂付近に石碑が立っていて山鹿兵藤次秀遠之城址と史蹟山鹿城址が並んであります最初は10世紀半ば藤原俵藤太秀郷の弟・藤原藤次により築城され山鹿氏に改姓し代々受継ぎますその後平安時代末期12世紀末都落ちしてきた平氏が原田種直公の助力で大宰府に迎えられますが大分の緒方惟義公に追い落とされた時山鹿兵藤次秀遠公がこの城に平家一門を匿いますが此処も安全ではなく屋島へそして平家物語の最後、壇ノ浦の戦いで山鹿公は先陣を任され奮戦しますが敗戦で落ち延びその子孫が忠臣蔵山鹿流陣太鼓の山鹿素行とか城と領地は鎌倉幕府から派遣された宇都宮氏に引き継がれその庶流麻生氏の子孫が元首相太郎氏とか子孫の話は可也眉唾な気もしますが、遠賀川を遡った所に安徳天皇を祀る大君神社があります。
史跡ですよ海が見渡せます最高ですよ。
目の前に遠賀川を望む三つの小高い丘に立っていた城。尾根づたいに一番高い丘に行けば曲輪の跡が見れます。二ノ丸とおぼしき所には石碑が立っています。 堅牢な城だったと思います。
| 名前 |
山鹿城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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天慶年間に鎮西奉行となった藤原秀郷の弟・藤原藤次により、築城された城です。藤次は名前を山鹿に変えて、山鹿氏代々の居城となりました。寿永2年1183年平家の都落ちの際には、安徳天皇を始め平氏一門を山鹿秀遠が出迎えましたが、その後ともに平氏とともに敗れ、同城も鎌倉幕府に没収されました。その後宇都宮家政が山鹿氏の所領に入り、以後山鹿氏と名乗り、室町時代には庶流の麻生氏が花尾城で権勢を伸ばし、本家の山鹿氏を支配下にしました。その後大内氏に仕えました。その後麻生氏の出城となり、天正15年1587年の豊臣秀吉の九州征伐後は廃城になります。