南禅寺の金地院で歴史探訪。
東照宮の特徴
金地院敷地内に位置する東照宮の美しい庭園が魅力です。
金地院の奥に隠れるような静かな立地で訪れる価値があります。
美しい自然に囲まれた東照宮で心を落ち着けることができます。
金地院の東照宮は、南禅寺の塔頭の一つで、徳川家康の遺言により建立された歴史的な神殿です。境内は静寂に包まれ、拝殿には狩野探幽の「鳴龍」が描かれています。手を打つと響く音が独特で、訪れる人々を驚かせます。拝殿の漆塗りや欄間の「三十六歌仙」額も見どころで、細部にまでこだわった装飾が印象的です。庭園「鶴亀の庭」は小堀遠州作の枯山水庭園で、落ち着いた雰囲気の中で歴史を感じることができます。南禅寺周辺の賑わいから離れ、ゆっくりと東照宮の佇まいを楽しめるのが魅力です。日本の歴史と文化に触れながら、穏やかなひとときを過ごしたい方におすすめのスポットです。
徳川家康は日光東照宮に奉られているのは皆さんご存知と思います。亡くなる前に「亡き骸は久能山に納めよ、1周忌が過ぎたら日光に、小さな祠を建て勧請せよ」と遺言を残している。最初遺体が運ばれた静岡の久能山、頂上に大きな鳥居、本殿には1159段を登る。いちいちご苦労さんだって(笑)久能山でも日光東照宮でも家康は、東照大権現という神として祀られています。そんな家康が京都にも…それが金地院東照宮なのです。建築と庭作りの名人、小堀遠州が建立。家康の遺髪と念持仏を祀っています。建物の前から覗くと中央に大権現坐像、天井に狩野探幽の鳴き龍、欄間には36歌仙の額、そして1番前に「東照公遺訓」。信長、秀吉の生き様を見ながら、タヌキおやじとも呼ばれたがなんのなんの、乱世を制し、長き平和世界を築いたのが家康ですから、遺訓にも納得しますよ!”重き荷を背負いて遠き道を行が如し"中島みゆきも歌ってるわ😊
黒系統でかなり格好良い権現造りの建物黒衣の宰相崇伝らしい雰囲気( ゚д゚ )金地院の敷地内から参拝できます。現在各所かなり傷んでいる様子2024/12/9
【金地院東照宮】2024.12.5南禅寺の塔頭、金地院の中に鎮座する神社です。重要文化財で小堀遠州にるよる築造だそうです。徳川家康の遺言で建てられ、家康の遺髪と念持仏を祀っているるそうです。金地院の鶴亀の庭の鶴と亀の間にあるたたみ5畳弱の長方形の巨石は遥拝石と呼ばれ、隣接する東照宮を拝むために置かれたものだそうです。
武家諸法度を書いた金地院の江戸時代の住職である崇伝が、徳川家康の進言を受けて創建した神社。日光東照宮が勧請された神社で、建築様式も日光東照宮と同じ権現造です。本殿内には三十六歌仙の絵が掲げられており、徳川家康の遺言である東照公遺訓も掲示されています。
徳川家康の遺言で作られた東照宮です。遺髪と念持仏が収められているそうです。現在はこじんまりとしていますが往時は規模が大きかったようです。私が参拝した時は少々荒れ気味で少し補修が必要ではないかなお感じました。ここから金地院のお庭の方に行くこともできます。
南禅寺に向かう途中に金地院東照宮と言う看板を見つけて徳川家康公との縁有りと思い見学しました。今まで、訪問した東照宮とは、異なり徳川家康公の隠れ家的館の様な気がする建物でした。一度の訪問で、全てが、見えるものではないですが、大母屋の建て方庭園の形状、説明文等を、合わせ観ると、徳川家康公の、孤独に物思いにふける時に使用した建物では、無いかと思う気がしました。それだけは、凡人でも理解できましたが、豪華な建物ではなく、重厚で、どの部屋からも、素晴らしい庭が、一望出来る事が、意味深く、凡人には、何故かと言う思考も想像、理解も、出来ませんね。その風景は、動画にて、ご覧出来る様に、撮影してありますのでご覧下さい。勝手な妄想です‼️異色の東照宮ですよね‼️素敵な金地院東照宮でした。東照宮は、日光、東京、久能山、京都には、訪問させて頂きました。
令和二年 7月25日 京都梅雨の旅金地院 東照宮細い道を進んでいくと現れます♪重要文化財です(^ ^)創建当初は、日光東照宮と比べられたほどだったようです❗️
金地院敷地内にある東照宮です。創建当時は京都にある東照宮として、日光東照宮にも劣らない待遇を受けていたとのことですが、現在は外部から直接訪れることができないため、静かな雰囲気の中に祀られています。社殿は重要文化財に指定されていることもあり、重厚な建築物です。
| 名前 |
東照宮 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
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あまり知られていませんが、南禅寺塔頭の金地院の境内にあります。家康のブレーンだった金地院崇伝時代に建立され家康の遺髪も納められたそうです。当時、京都所司代の番所だった面影はなく小ぢんまりとした感がありますが、小堀遠州がプロデュースしただけあって風情があり訪れる価値があります。