本要寺で歴史の息吹を感じる。
日蓮宗 本要寺の特徴
三木市の代表的な寺院として、多くの人々に愛されています。
歴史ある寺で、羽柴秀吉の三木城攻めの重要な場所です。
別所長治の首検分が行われた、由緒ある本堂があります。
三木市の代表的寺院。
素晴らしい。
羽柴秀吉の三木城攻めの後、平井山本陣からこの寺の本堂へ本陣を移し、別所長治の首検分がされた寺とされています。ここを拠点に復興指揮を行った場所でもあるようです。復興計画のために免措置をおこなったものの、徳川時代になり恩赦取り消しの案が出た際に、ここから免租取り消しを不服として江戸に向かった2名の義民を称える碑があります(その内の一人である大西与三右衛門の墓は同市の本要寺にあります)本殿の周りをぐるっと見学させてもらいましたが、秀吉が復興拠点と思うと感慨深くもあり、三木城からも場所的に近いことから、この地域を市の中心に置くという考えもあったのかと妄想してみたり出来るのもまた楽しいです。駐車場は寺の隣に数台置ける駐車場はあるのですが、道がかなり混雑し出入りが困難なので少し離れますが三木市観光協会の駐車場に置いて徒歩で数分歩くのが良いと思います。
| 名前 |
日蓮宗 本要寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0794-82-0233 |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
|
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天正年間の羽柴秀吉による三木城兵糧攻め(三木合戦)において、唯一焼失しなかった寺院であり、羽柴秀吉は三木城落城後、本陣を平井山からここ本要寺に移して、自刃した三木城主 別所長治の首検分を行ったと云われています。また、三木復興のため、戦火を逃れて四散した町民農民を呼び戻す手段として、地子免除の札を立てたと云われています。江戸時代の検地において、それが認められず、大西与三右衛門と岡村源兵衛が直訴し、地子免許が認められ、後に義民として崇められました。ここ本要寺において、夏の義民祭が毎年7月18日に行われています。ちなみに、冬の義民祭は毎年12月8日に、府内町の本長寺で行われます。