縄文の足跡、洞窟探訪を!
鍋倉洞窟の特徴
縄文時代の洞窟住居跡が見られる貴重な史跡です。
磨崖仏の風化が進んでおり、歴史を感じます。
駐車場が近くに無いので、少し離れた場所からのアクセスが必要です。
鍋倉火砕流50〜78万年前の溶結凝灰岩、軽石、スコリア等、の洞穴です。昔は洞穴に縄文人が住んでいたそうです。手前が田んぼ、奥は集落の墓地になっています。シラス土壌なので非常に足元が滑りやすいので気を付けて下さい。洞穴の中は天井が高いですが、この中もシラス土壌で滑りやすい。昔は天福寺があったのですが、廃仏毀釈で焼かれました。磨崖仏も削られたようです。文化遺産を守る気概が無い薩摩藩はクレイジー!
車で行きましたが道はほぼ1車線です、駐車場ありますが、ゆっくり走って見つけてください、手前にあります。見つけにくいですが、お墓がありますので、お祈りしてから、行きましょう。
磨崖仏やかつて縄文時代に住居として使われていた洞窟を見ることができます。崖となってる地層は鍋倉火砕流という50万年前頃に姶良カルデラ付近で発生した極巨大噴火の跡。吉野、小浜、小田と短期間で立て続けに大規模火砕流噴火が発生し、一連の活動により姶良市付近の一部は陥没して現在の平野となったといわれています。
縄文時代の住居跡という事です。墓地の隣の駐車場から歩いて見れます。磨崖仏像の跡も残っていました。洞窟部分はヒンヤリしていて不思議な雰囲気で奥にはズカズカと立ち入れないような威圧感があります。鍋倉火砕流の堆積物が侵食されてできたものの様です。縄文時代に人が住んだり廃仏毀釈で磨崖仏が削られたりと歴史を刻んできたこの洞窟を訪れると我々が日々一喜一憂する事も小さく感じられる気がしますね。
約3,500年前の縄文時代後期の洞窟住居跡です。火山堆積物が自然の浸食作用を受けてできた洞窟で、縄文土器のほか、ハマグリやアワビなどの貝類が見つかっているそうです。洞窟入口の壁や周辺には磨崖仏(天福寺磨崖仏)もありました。
🍀縄文時代の洞窟住居跡、磨崖仏の風化が進んでいる。数体の仏像や梵字 文化財を大切に🍀
近くに駐車出来るところが無く、少し離れたところに駐車。途中に田のかんさぁが一杯祀られていました。
保存状態よくなくて、はっきりとは縄文時代の人たちの足跡を確認出来なかった。
| 名前 |
鍋倉洞窟 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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高速からも見えますがなんだかでっかくみえてたまげます。