立体的な絵で描く石童丸物語。
苅萱堂の特徴
季節外れの桜が咲いており、ゆったりとした時間を過ごせます。
苅萱上人と石童丸の物語が、場面ごとに描かれています。
手作りのお線香やペットのお守りが購入できる魅力的な場所です。
お墓参りの帰りにふらっと寄ってみました。高野山には毎年来ていますが、こちらには初めて行きました。御朱印帳を持ってきていなかったので書き置きしてある物を購入しました。3種類あります。1つ500円です。夕方16時を過ぎお堂は閉める準備をされていましたが案内の方は親切に対応していただきました。
ストーリーが立体的な絵で表現されファンタジーな雰囲気だった。最後にお参りできるのも良い。珍しく指輪を売っていたので500円で厄除けとして購入。
刈萱堂は、刈萱道心と石童丸の悲話・石童丸物語で有名です。刈萱道心が出家したいきさつから息子の石童丸がこの高野山に父を訪ね、母の死をきっかけに父子と明かされる事が無いままともに修行したと伝えられます。
何気にふっと入り仏様に手を合わせていました。御朱印あるよ、と管理のおじさんが声をかけてくれました。集めていないので、大丈夫ですと伝えると、後ろにぐるっと回れるから見ておいで☺️と言って頂けて、親子の修行僧のお話が木彫りの絵画でわかりやすく読めました。面白かったです。このお話は、調べてみると結構昔から有名なお話だそうです。帰り際、お守りなど売ってるコーナーに寄ると、先ほどのおじさんが熱く切り絵のセットと飾り方を教えて下さいました笑三枚セットで考えると¥1200はお得だったので、今年の干支の龍もありましたから、切り絵を購入したい方は売り切れている店舗も多かったので、ぜひこちらの苅萱堂にて購入オススメします。切り絵は既に購入していたので、肩こりに効くと言う指輪のお守りがあり、500円と安かったので購入しました。親切に対応して頂いたと思います。肩凝り治ったらいいなぁ。
そんなおじいさんは悪気は無いと思いますよ。おじいさんの案内で御朱印を書いて頂きましたが、お坊さんが書いてくださりとても素敵な思い出になりました。
小学校の林間学校以来60年振りに訪れた。昔のことはよく記憶にないが、刈萱堂の寺の名前だけは覚えていた。懐かしかったです。
奥之院一の橋への途中のお土産やさんによく売っている「かるかや焼」小腹が空いたので「かるかや焼」とやきもちを買って、店内でいただきながら、この名前の由来を聞いてみた。すると、「この先に、苅萱堂というお堂があって、そこからきたんです」とのこと。もっと詳しくお聞きしたかったが、お店も忙しそうだったので、諦めて、ご馳走様、と言ってお店を出た。少し歩くと右手に「苅萱堂」と書かれた石塔が目に入り、ここだ!とわかったものの、回る時間を考えると、余裕があれば立ち寄ろうと思い、後にした。ちなみに「かるかや焼」はきなこたっぷりで、お餅も美味しかったです。
GW明けにおとずれました。なかなか面白いお堂でした。管理のおじさんは商売上手?
口コミで不評が多いですが、私が入った時は特に何も言われず、しつこい押し売りもされませんでした。建築や仏教に少し興味があり、色々みていたら、『奥にもあるのでよかったら見て行ってくださいね。』と親切に案内をしてもらいました。石堂丸の物語を見ましたが、うまく表現できませんが、感慨深いものがありました。
| 名前 |
苅萱堂 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0736-56-2202 |
| 営業時間 |
[木金土日火水] 8:00~16:00 |
| HP | |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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苅萱堂(石童丸物語)現在の博多で領主を務めていた加藤繁昌(かとうしげまさ)の正室に先んじて側妻に子が出来たことで、正室の熱烈な嫉妬心に耐えかねた加藤繁昌は家族を残して家出。側室と成長した子供(石童丸)は噂を頼りに高野山に父を探しに来た。女人禁制だった為、母を残して石童丸は高野山へ登り、探してはみたものの結局会う事はできず行き場を失っていた最中、苅萱道心(かるかやどうしん)という僧侶に出会う。暫くして母の元に下山したが、母は病気で亡くなっていた。帰る場所を失った石童丸は苅萱道心を頼って出家。苅萱道心は修行の為、現在の長野県の善光寺に向かい石童丸は高野山に残る。後に石童丸も善光寺にて修行した際に、既に亡くなっていた師匠の苅萱道心を見習って、同じ地蔵菩薩を彫像して安置。苅萱道心と兄弟弟子だった親鸞聖人(浄土真宗の開祖)によって、実は苅萱道心と石童丸が実の親子だった事を知った地元の人達によって西光寺の「親子地蔵」と呼ばれることになった。