路地裏に佇む美しい神社。
神明社(上条新田神明社)の特徴
町内の方々の心で手入れされた、清々しい神社です。
路地裏にひっそりと佇む、落ち着いた雰囲気の場所です。
春日井市の神明社で、地域のつながりを感じられます。
ちょっとした路地裏にある神社。きれいにしてある。
町内の方のお陰で、きれいに手入れされてます。
| 名前 |
神明社(上条新田神明社) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| HP |
https://aichi-jinjacho.or.jp/search_detail.html?id=7fcb8e81-6c53-4577-9649-659379ce85b0 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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「開拓記念碑」古人が「たとえ百万の富がなくても、我々の志の中から万の利益を生み出すことができる」と言ったが、今この地、愛知県東春日井郡上条新田の用水路(支渠)の有り様を見れば、まさにその通りであると感じる。かつてこの地には何の恵みがあっただろうか。ただ荒れ果てた野原が広がるばかりで、田園として開かれたのは全体のわずか一、二割に過ぎなかった。江戸時代(旧府の時)には、一年の年貢はわずか四十七石に過ぎないほどであった。しかし、明治9年の地租改正によって税率が改められると、納税額はこれまでの倍に跳ね上がった。村中が安穏としていられなくなり、声を上げて救済を求めた。 ある時は太鼓を鳴らし鐘を突いて仲間を集め、集団で郡役所へ行って、用水路を開いて灌漑を行い、村を救う計画を願い出たのである。志ある農民たちが苦心の末に立ち上がり、明治11年3月にようやく役所へ願い出た。 資金として一千五百余円を募って開削を始めたが、計画は思うように進まず、明治15年1月に再び志を立てて願い出た。 しかし、下流の村々の反対に遭い、役所からも工事を止められてしまう。村人たちはこの重責に直面し、真心をもって「この用水路が完成すれば(村は救われる)」と訴え続けた。愛知県の土木課長であった黒川治徳氏は、「お前たちが自ら費用を工面できるのであれば、官として田を潤すための支援をしよう」と諭した。 しかし村人たちは、これまでの投資ですでに三度の疲弊を経験しており、さらなる巨額の資金を工面する余裕はなかった。 議論は紛糾し、天を仰いで嘆く者もいたが、ついに意を決して土地を担保にするなどして四千円を捻出した。この窮状と熱意を当時の愛知県令(知事)国貞廉平氏に訴えたところ、一万円の補助金が下されることとなった。有力者の黒一之助氏らの尽力もあり、ついに工事は成果を見せ始めた。 村人は躍り上がって喜び、老若男女がこぞって工事に従事した。黒川氏の指導のもと、猛吹雪の中でも身を挺して働き、長年の懸案であった硬い岩石を打ち砕いた。明治16年5月に着工し、17年3月に工事は完了した。清らかな水が流れ込み、かつての痩せ地八十余町歩に、新たに開拓された分を合わせた百三町歩が見事な良田へと生まれ変わったのである。これはまさに、文明の恩恵であるとともに、志ある村人たちが最後まで屈することなく戦い抜いた証である。後世の人々がこの真実と、完成に至るまでの万状の苦しみを知り、この幸運を長く享受できるよう、ここにその概略を記す。