土倉庄三郎の磨崖碑、絶景を見逃すな!
「土倉翁造林頌徳記念」岩壁碑文の特徴
吉野川の対岸にある大きな磨崖碑は圧倒的な存在感を示しています。
東熊野街道沿いに位置し、ドライブ途中の休憩スポットとして最適です。
土倉庄三郎氏の偉業を物語る印象的な記念碑が訪れる人を魅了します。
2025年10月立ち寄りました 大滝ダムを目指して走っていると突如岩壁に現れる謎の文字群 結構大きく力作なのでしょうが私以外みんな素通りしてました、地元の人にとっちゃ日常だし、これをわざわざ見に来る人も中々居ないだろう文字の大きさを感じ取れる工夫も、中々いいと思うダム行くと建設機械のタイヤだけ置いてあるアレと似た趣向で好きです。
トイレと飲み物の自販機位有れば嬉しいなぁ。
突如現れる絶景です。少し上流にも変わった地形の川が有ります😌無料🈚️の駐車場🅿️🚙が有りました。
入之波温泉に行く途中、あれ何?と思って下車。ようあれだけ掘ったなあと思いながら眺める。吉野の造林に多大な貢献をした人らしい。ちょうど良い休憩スポットになった。
川上村と言えば土倉先生https://www.pref.nara.jp/miryoku/ikasu-nara/bunkashigen/main03801.html今では山の中に埋もれてしまった東熊野街道をつくったのも土倉先生この鯖街道があったから、美味しい柿の葉寿司も食べることができる。
道中見かけて、後で調べた。駐車スペースがあるようだった。
訪問: 2022年09月 土曜日 お昼どきドライブの途中で立ち寄りドライブスタンプラリーに参加のためオススメポイントは・近くで見ると圧倒される大きさ・入りやすく出やすい駐車スペース・自転車で上北山方向に向かう場合はちょうどいい休憩スポットになりそう何度もここを通っていながら初めて立ち寄りました何気なく通り過ぎてしまいがちですがほっと一息がてら泊まってみてはいかがでしょうか。
土倉庄三郎氏の偉業がこの磨崖碑の大きさで表れている。
説明の四角柱があるのですが、向きが悪くて背面の字が読めない。せめて斜めにしてほしい。土倉庄三郎 1840~1917吉野川右岸の岸壁「鎧崖」に刻まれた文字は土倉没後の1921年、東京帝国大学林学博士本田静六氏がその功績を後世に伝えんと発案。自らも300円を寄贈し、北村宗四郎氏、坂本仙次氏、北村又左衛門氏、川上村が支援し、1850円の費用をかけ完成。大きさは約2m四方、深さ約30cm、碑文全長約24m、揮毫は後藤朝太郎氏である。
| 名前 |
「土倉翁造林頌徳記念」岩壁碑文 |
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| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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「土倉庄三郎、今もこの山に立つ」わしは土倉庄三郎。生きておった頃は、山を見れば、その木々の向こうにある百年先の未来を見ておった。木を伐るだけでは林業は続かぬ。山を荒らせば、やがて人の暮らしも荒れる。だからこそ、山を育て、木を育て、人を育てることに力を尽くした。植えて、育てて、伐り、そしてまた植える。目先の利益だけを追わず、次の世代、そのまた次の世代へと山を残していく。それが、わしの考えた林業じゃった。そして今――。わしは銅像となった。身体は動かぬ。口を開いて語ることもできぬ。しかし、目だけはまだ未来を見ておる。わしの目から放たれるこの光線は、ただの光ではない。これは、わしが生涯をかけて見つめ続けた、「未来を照らす光」じゃ。道行く者よ。迷ったときには、わしの光を見よ。わしの光は、おぬしの行く先を照らす。そして、山を見よ。そこに立つ一本の木が、今日すぐに役立つとは限らぬ。だが、その木を植えた者が見た未来を、百年後の人々が受け取ることになる。わしが今、銅像となってここに立っているのも同じことじゃ。「自分が生きている間だけ良ければよい」そんな考えでは、未来は作れぬ。未来の人々が、この山を見上げたとき、「あの時代に、未来のことを考えてくれた人がいたのだ」そう思ってもらえるなら、それで十分じゃ。だから今日も、わしはここに立つ。森を見つめ、道行く人を見つめ、そして――わしの光線で、未来を照らし続けるのじゃ!ビビビビビ……!「そこの若者!下を向いて歩くでない!前を見よ!百年先を見よ!未来は、今ここから始まるのじゃ!!」