歴史を感じる黒門散策。
松山西口関門「黒門」の特徴
文化財として保存されている通称黒門です。
宇陀松山城の唯一の遺構で、往時を偲べます。
散策しながら町並みを楽しむことができます。
車で門を通過できます。
現存する城下町の門。
奈良時代から一気に江戸へタイムスリップできます。
正式名称は「松山西口関門」で黒く塗られた外観から「黒門」として親しまれています。今も普通に道路上にあり通り抜けられるのは貴重です。16世紀末から17世紀初頭の建築と推定されており、関ヶ原の戦い後、賤ヶ岳七本槍で有名な福島正則の弟、福島高晴が宇陀松山城の城主となり城や城下町の整備と改修が進められた時期に建てられた可能性があるのだそうです。
☆国指定史跡☆宇陀川を渡った先、橋詰で鉤状に屈折した虎口に宇陀松山城の大手筋の要をなす「松山西口関門」⚔️発掘調査から1600年前後の建立と判明、宇陀松山城創建当時に遡る唯一の約400年前の貴重な木造建造物😲門全体が真っ黒なので『黒門』の呼称、門の形式は鏡柱の上に冠木を載せ直接屋根を架ける旧式の「高麗門」真っ黒さもあり渋くて趣あり、戦国時代の雰囲気を醸し出してます‼️「旧式の高麗門」現存例・名古屋城/旧二之丸東二之門、二之丸大手二之門、表二之門・大坂城/大手門・姫路城/ヘノ門など「新式の高麗門」現存例・江戸城/清水門、桔梗門(内桜田門)・丸亀城/大手ニの門など鏡柱が屋根まで立ち上がり冠木を鏡柱に差し込み門の上に小さな白壁が出来る形状が新式‼️明治の廃城令で払下げされ寺門などへの移築例多数😅
城下町の重要な出入口だった門で、敵が攻めてきた時にスピードを落とさせるために道路を直角にして防御していたそうです。
宇陀松山と言えば猛将福島正則の弟が治めていたと記憶している。街道整備してこれからという時兄貴が改易され肩身の狭い想いをしたのだろうか?
松山西口関門「黒門」は、松山西口門だけが残っています。城下町の名残が街歩きで味わえますよ。
宇陀松山城の唯一の遺構である西口関門です‼️ここから春日神社へ行き鳥居横の山道から宇陀松山城跡へ行けます‼️
| 名前 |
松山西口関門「黒門」 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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観光案内所である「まちかどラボ」の親切なガイドさんが、「宇陀松山城の攻城とセットで是非見て行って」とおススメくださったので、攻城後伺ってみました。宇陀松山の城下町を整備する際に作られたまま、現存する門で、おススメされるだけあって立派なものでした。その名の通り黒く塗られておりシックな佇まいで、道路を直角に曲げているのは、攻められた際の防御のためかなと思います。