的場の小さなお堂、 不完全さに響く歴史
長福寺の特徴
長福寺には歴史深い飛鳥時代の高僧行基伝説が残っています。
的場のお堂として知られる長福寺は、山里に佇む静かな小さなお堂です。
胴体が割れた石仏や三躰の地蔵が安置され、不完全さが魅力的です。
通称は「的場のお堂」で、なんと!藤原期から室町期の仏像があります(阿弥陀如来、四天王、弘法像)。「土足禁止」の注意書きを見落として靴のまま上がったら、近所のおじさんに注意されました。皆さん、靴は脱いでから上がりましょう!
∗∗浜松市旧引佐町的場の長福寺 ∗∗のどかな山里の小さなお堂 脇侍の横に石仏が並んでいる よく見ると胴体が割れたもの 顔が打ち砕かれたもの 六躰有るはずの地蔵が三躰しかない∗∗∗∗廃仏毀釈の痕∗∗∗∗文明開化の嵐が過ぎ去った後 小さな石仏を生きる拠り所にしてきた人々により 拾い集められ 不完全ながらも再びここに安置されている文明が文化を凌駕してゆく その不完全さゆえに 歴史の営みの深さが 心に響く。
| 名前 |
長福寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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長福寺には飛鳥時代から奈良時代の高僧行基が生まれたとの説がある四方浄(Googlemap:34.89069132789954, 137.66677992348463)の東西南北に行基が彫って安置した仏像4体のうち西に安置された阿弥陀如来像が祀られたと伝わります。東: 薬師如来 福満寺薬師堂Googlemap:34.86863488640849, 137.70368980119565南: 観世音菩薩 竹馬寺Googlemap:34.8739803311001, 137.65928507237237西: 阿弥陀如来)長福寺Googlemap:34.88829123771001, 137.64577746682468北: 釈迦如来 本龍寺Googlemap:34.89932636016014, 137.6699924498958*現地看板*新光山長福寺 (的場のお堂)所在地 引佐町的場シエリ田二八三の一御本尊 阿弥陀如来脇仏 四天王・弘法大師・馬頭観世音四天王のうち向かって右から二番目の像は藤原時代に遡る古像であり他の三体は室町時代の造立と考えられる。創建 年代不詳、屋根の葺替えが行われていることが屋根内部の柱の覚書からわかる。天明二年(一七八二)寛政八丙辰年(一七九六)二月廿日天保七丙申年(一八三六)霜月吉日祭典 一、春彼岸中日二、八月廿四日当施餓鬼和讃 宝永元年(一七〇四)より正徳三年(一七一三)まで初山宝林寺五世住職 法源禅師作第十八番「観世音や深きたつがゆみ的場の郷に長き福」ふるさと創生事業 引佐町。