網代で咲く大漁桜と歴史。
阿治古神社の特徴
阿治古神社は、祭神に天照大神や手力男命を祀る神社です。
網代のご当地桜、大漁桜が2月中旬から美しく咲きます。
神明鳥居と日章旗、旭日旗の初めての光景に驚きます。
網代港近くの気持ちの良い神社。式内社論社ですが本来の阿治古神社は大島の大宮神社のようです。こちらは地域漁村の鎮守であり、大宮神社の分社、遥拝所といった関係かと。大漁桜が有名ということで、是非満開の様子を見てみたいです。
天正18年(1591年)、豊臣秀吉は小田原征伐の折、相州押切村の厚木城を攻めるため、網代に軍船を出すことを命じ、当村より30艘が出船し、厚木城が落ちた後、秀吉は賞として当社に祭典の神船ならびに神船係の奉仕者に「流れ瓢箪」の幕染め、帯刀の着用を許可しました。もとは網代の朝日山(現:朝日山公園)に鎮座していたが、正保3年(1647年)以前に町に近い現在地に移転しました。毎年7月19日・20日に阿治古神社例大祭があります。19日が宵宮、20日が本祭りで御神幸行列に続き、御神船「両宮丸」が豊漁と無病息災を願い町内を走り抜けました。 阿治古神社より海岸まで町内を引き回る「御下り」と、阿治古神社に引き返し宮入の「御上り」。 御神船「両宮丸」には、漁船に神社と神輿が鎮座しています。 船の名前は、阿治古神社と若宮神社の両方を祀ることに由来した命名だそうです。見どころは・・・●旗や露払いの獅子に先導された両宮丸という船形で上に神輿が乗った重さ10トンはあろう山車を大勢の若者の手で勇壮に引き回し地区内を練り歩く御神幸行列●市無形民族文化財に指定されている鹿島踊り●町内毎に5台の山車による太鼓合戦※2022年は両宮丸の引き回しは行わず、神事のみ開催予定。
阿治古神社あじこじんじゃ静岡県熱海市網代172祭神天照大神(合祀)手力男命栲幡千千姫命譽田和氣命大己貴命少彦名命軍船を豊臣秀吉に提供し評価を受け「流れ瓢箪」の紋の着物を着ることが許されたという社名の「あじこ」と住所の「あじろ」の関係を知りたいと思います2020/7/29 参詣。
2月中旬から、ここ網代のご当地桜の大漁桜🌸が綺麗に咲きます。漁師町、網代の大漁の願いを込めて作られた桜です。
親戚の家の氏神様で、自分もお祭りの時など大変お世話になっています!神主さんは常駐していませんが、いつも境内は綺麗で気分が晴れやかになります。
神明鳥居が出迎えてくれる創建年は不明、古は朝日山に鎮座していた参道の階段を上れば日章旗と旭日旗が⁉️神社では初めて見る光景マップのナビでは道に迷う網代郵便局を目指した方が分かりやすい 2019/02/07
| 名前 |
阿治古神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
054-261-9030 |
| HP |
http://www.shizuoka-jinjacho.or.jp/shokai/jinja.php?id=4402259 |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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阿治古神社(あじこじんじゃ)。静岡県熱海市網代。式内社(小)論社、旧村社。主祭神:天照大神(合祀)手力男命 栲幡千千姫命 譽田和氣命 大己貴命 少彦名命資料によると、創建年は不明。『延喜式神名帳』内にある式内社である阿治古神社(伊豆国賀茂郡)に比定されているが、他の有力論社として伊豆大島の大宮神社(祭神・阿治古命)もある。もとは網代集落の南にある朝日山に鎮座していたが、正保3年(1647年)以前に集落に近い現在地に移転した。社記に「1591(天正18)年、豊臣秀吉が厚木城を攻める際に、網代に軍船を出すことを命じ、網代から30艘が出船しました。その落城の暁に、阿治古神社の祭典の神船とその奉仕者に流れ瓢箪の幕染めを許可しました。今も慣例により神船「両宮丸」とその奉仕者は流れ瓢箪の幕染めを使っています。」とある。往古下多賀中野中村の地に鎮座していた来宮神社は、寛文11年(1671)の「亥の満水」といわれる洪水で流され、網代宮崎の地(現在のお浜)に流れ着いたことから網代で祀ることにした、と伝承されている。(網代郷土史)なお、伊豆大島には、三嶋大明神と「羽分の大后」(波浮比咩命)の長男である「阿治古命」が祀られた大宮神社(噴火による移転前の古社名は阿治古神社)があるため、この網代の阿治古神社は、その避難的分社・遥拝所だった可能性もあるが、現在では両社の関係性は不明。とあります。