忠臣蔵の聖地、泉岳寺の山門。
山門の特徴
赤穂浪士が埋葬される忠臣蔵の聖地として知られています。
1832年に建立された緑に囲まれた堂々とした山門が印象的です。
泉岳寺は1612年に徳川家康が創立した歴史ある仏教寺院です。
赤穂義士のお墓があります。他にも首洗いの井戸、血染めの松、血染めの石など忠臣蔵に関する見所があります。最寄りは浅草線泉岳寺駅、高輪ゲートウェイからも徒歩圏内です。赤穂義士のお墓は線香料300円が必要です。
1832年に再建された門だそうです。
泉岳寺の山門は天保3年(1832)の再建だそうです。二階部分に十六羅漢が安置されているそうです。
最近テレビで高輪ゲートウェイ駅の宣伝をしていた為、本当に建設が済んでいるのかと見に行く事も兼ねて泉岳寺さんへ足を運びました。流石に大名家ゆかりの曹洞宗の寺院で、桜🌸だけでなく境内の樹木が幹が太く高さもあり、枝ぶりもお見事でした。特に義士祭で墓地入り口には受付の人たちがいて、お手入れも行き届いた品格を感じさせる雰囲気がありました。お参りの方々が途絶える事なく静かなが、牡丹のような🌸桜の花が咲いており、昨日は寒い日でしたが、ゆっくりと鑑賞出来ました。もしかしたら、美しい桜を見るには穴場なのではと思う事です。
京急 泉岳寺駅から徒歩2,3分です。泉岳寺は閉門が少し早めで、16時に門が閉まりますので、観光するときは時間に気をつけて伺うことをおすすめします。海外の方なども、16時過ぎてから門の前をウロウロしているのを何度か見かけました。中門をすぎるとすぐに現れる山門です。江戸時代1800年代に再建されていますが、歴史を感じさせる由緒ある建築物で、とても見応えあります。この門の横には大石内蔵助の銅像があります。なお、この門の天井には、江戸三大竜と言われた、龍の彫刻が彫られており、見学者に隠れた楽しみを与えてくれます。
赤穂浪士が埋葬されていることで有名な忠臣蔵の聖地、泉岳寺。この山門は泉岳寺三門のうちの一つ。総門は遺失しています。天保三年(1832年)に再建され門に掛かる泉岳寺の額は晋唐の墨跡研究者であった大野約庵による書だそうです。二階部分には十六羅漢が安置され、一階部分の天井には「江戸三龍」のひとつ、銅彫大蟠龍がはめ込まれています。(萬松山 泉岳寺HPより)
昨年2023年11月20日(月)に撮影。某ガイドブック:泉岳寺の山門は、江戸後期の建築。1階部分の天井には銅彫大蟠龍がはめ込まれ、2階部分には十六羅漢安置されている。某解説:泉岳寺の山門は、江戸三龍の一つとして知られる銅彫大蟠龍が天井に嵌め込まれているのが特徴です。天保3年(1832年)に再建されました。昭和57年(1982年)に山門及び銅彫大蟠龍が港区の文化財に指定されました。銅彫大蟠龍は、江戸時代の仏師である石川光明によって制作されました。龍は力強く躍動感のある姿で描かれており、見る者を圧倒します。
1832年に建造されたとても立派な山門です。2階部分には十六羅漢の像が安置されているそうです。赤穂浪士47人がこの門を通り、主君である浅野内匠頭の墓前で仇討ちの報告をされた歴史的な場所です。
1832年に建立された山門です。大石内蔵助率いる四十七士がこの山門から中に入ったとか。
| 名前 |
山門 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
03-3441-5560 |
| 営業時間 |
[日月水木金土] 7:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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泉岳寺といえば有名な「忠臣蔵」の舞台。赤穂藩主浅野家の菩提寺であったことから赤穂四十七士が眠る寺として知られる。元来、三つの門(総門・中門・山門)がありましたが、現在は中門と山門のみが残っています。