歴史深い佐用都比賣神社へ。
佐用都比賣神社(式内社・旧縣社)の特徴
地元で大事にされている、静かな佇まいの神社です。
佐用都比賣神社は秋の大祭もひっそりと行われていました。
参道には大きな紅葉があり、散歩がてらの参拝に最適です。
鳥居から参道に進むと明らかな変化を感じれる神社。正に神域。市杵島姫が主祭神。社内には天照大神を祀る摂社や、豊受大神を祀る稲荷社があり、これらの雰囲気が格別でした。本当に行くべきタイミングで行けた事に感謝します。
40年ぶりくらいに参拝しました。これまで神社に馴染みがなかったのですが、せっかくの機会なので初めて賽銭を捧げて初めてお祈りしました。翌日に近くにあるホームセンターアグロで買い物をして抽選券をもらったのでガラガラを回したらなんと!特等賞のコシヒカリ 3キロが当たりました。御祭神が喜んでくださったのかなと勝手に思っています。
地元で賑わう神社でした。初めてお参りしましたが、由緒正しい感じの神社で良かったです。
佐用都比賣神社、兵庫県佐用郡佐用町本位田甲。主祭神=素盞嗚尊。天児屋根命、大国主命、誉田別命。播磨国風土記=玉津日女命~賛用都比賣命。由緒=狭依毘賣命~市杵島比売命。村中の社叢に鎮座。鳥居の先へ、参道が続き、社殿と出合う。構えの良い拝殿、幣殿を挟んで、本殿が見える。屋根に文字が浮かぶ。境内社、塩川神社(いわゆる祓戸社)=速佐須良比賣命、作用姫稲荷神社=豊受大神、天満神社=菅原道真、片宮神社(祖母宮)=天照大神、水神社~彌都波能売命(ミヅハノメ)、若宮神社=高皇塊命。
遠方から参られる人は少ないかもしれないかな‥とてもキレイにされている感じで、私達が行ったときもおば様が掃除してましたよ。
「さよつひめ」神社と読みます。創立は西暦700年代。播磨国風土記及び延喜式に記載のある由緒ある古社。由緒書を拝見しましたが、その時代の歴史絵巻を見るようで想像が膨らみます。佐用の地名が主祭神の「市杵島姫命」の別名である「狭依毘売命(さよりびめのみこと)」と結びついているなど、とても興味深く拝見させていただきました。午前の早くに参拝させていただきましたが、境内と周辺道路を仕切る塀などもないためか明るく、すがすがしいお社でした。来てよかったです。
優しい雰囲気の神社でした。境内もとても綺麗にされていました。
相当な大社で佐用の国造でしょう。駐車場があって親切でよい。
とても歴史のある神社なんですね。詳しく調べるといろんな物語が出てきそうでワクワクします。神社の垣根がないのも、地元の人達がお守りしているような感じがして親しみがわきました。
| 名前 |
佐用都比賣神社(式内社・旧縣社) |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
0790-82-2022 |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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佐用都比賣神社(さよつひめじんじゃ)。兵庫県佐用郡佐用町本位田甲。式内社(小)、旧県社。主祭神:市杵嶋姫命(狭依毘売命(さよりひめのみこと))配祀:素盞嗚尊 大國主命 誉田別命 天児屋根命資料によると、創祀年代は不詳。通称は、佐用姫さん。式内社・佐用都比賣神社に比定されている古社で、『続日本後紀』には仁明天皇嘉祥二年(850)「播磨国佐用郡佐用津姫神社預官社」とある神社。『播磨国風土記』讃容(さよ)郡の項に、出雲から来られた伊和大神と妹神(后神)・玉津日女命が当地の領有を競った時、妹神(后神)が生きた鹿の腹をさいて、その血に稲を蒔いて一夜で苗が出たという。伊和大神は「汝妹は五月夜(さよ)に植えつるかも」と言って去っていった。よって、五月夜(さよ)の郡、讃容郡と名付けられ、妹神(后神)を賛用都比賣命と名付けたとある。天正五年、兵火にかかり焼失したが再建され、池田良正院、松平主馬助など、歴代領主の崇敬を受け郡内一の大社として尊崇されたという。明治七年郷社に列し、大正十三年県社に昇格した。明治四十年、四十一年に近隣の小社、荒神社三社、八幡神社二社、大己貴神社、妙見神社などを合祀した。とあります。