歴史が息づく三仏堂。
三仏堂の特徴
江戸時代初期の落ち着いた佇まいが魅力です。
長楽寺境内に位置し、壮大な仏堂が見所です。
輝く彼岸花が咲く境内が訪れる人を迎えます。
2024.12【県指定重要文化財】三仏堂(さんぶつどう)は、長楽寺の中心的建造物の一つで、創建年代は不明ですが、東照宮に残る棟札より慶安4年(1651)3代将軍徳川家光の命により再造された建物です。その後、東照宮とともに元文元年(1736)から天保15年(1844)の間に5回の修理が行われ、明治9年(1876)に茅葺(かやぶき)屋根から桟瓦葺(さんがわらぶき)に改められ、昭和59年(1984)に銅板葺となりました。構造は、正面5間、側面4間、総丹(そうに)塗の向拝(ごはい)付き寄棟造りです。堂内には、釈迦(過去)・阿弥陀(現在)・弥勒(未来)を表す三尊仏が安置されています。
落ち着いた佇まいです。
江戸時代の初期の建物で、その後何度か改修した建造物だそうです。
長楽寺境内、三仏堂。鎌倉時代初期に開いた禅寺。目を閉じて、タイムスリップ!
壮大な建物。しかし、閑散としていてます。
Googleマップでどの建物がどれなのか、とてもよく分かった❗️Googleマップ最強だな‼️
境内に彼岸花が咲いていました。
長楽寺の境内にある大きな仏堂。三仏と言っているので、おそらく御堂の中には三体の仏像があるのでしょう。かつて、日光の輪王寺の三仏殿を訪れたときは、それは大きな仏像が三体ありました。ここはピタッと扉が閉じているので拝見できませんでした。なので、もしかしたら中味はカラッポなんてこともあるのかも知れません。こんな時、しっかり修行していたら仏堂の中を心眼で見ることが出来たかもしれません。
群馬県指定重要文化財。昔の長楽寺を偲ばせますね。
| 名前 |
三仏堂 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| 評価 |
3.4 |
| 住所 |
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三仏堂は、承久3年(1221)、当時の開基 徳川義季の建立と伝えられ、その後、慶安4年(1651)に三代将軍家光に再造されたそうです。扉が閉まっていて中の様子は分かりませんでしたが、三仏堂の中には、向かって右から釈迦如来(高さ3m)、阿弥陀如来(3.3m)、弥勒菩薩(2.7m)の三体の木造仏が安置され、それぞれ、過去・現在・未来を表しているそうです。 大きな仏様ですね。いつ、ご開帳されるのかな。以下は、近くにあった案内板の内容です。群馬県指定重要文化財長楽寺三仏堂及び太鼓門指定年月日:昭和五十七年(一九八二)四月二十日所在地:太田市世良田町三一一六三(三仏堂)太田市世良田町三一一九六(太鼓門)三仏堂は、長楽寺の中心的な建物であり、慶安四年(一六五一)に三代将軍徳川家光の命により再造され、数回の修復(最終的には昭和五十九年の解体修理)を経て現在に至っている。桁行五間、梁間四間、一間の向拝付寄棟造、東向き総丹塗、屋根はもと茅葺であったが、明治九年瓦葺、昭和五十九年銅板平葺に改めた。建物の仕様は、外部の正面両隅間を中敷居入りの窓とし、竪連子を組み込み明障子付杉戸引違、中央を四ツ折桟唐戸両開きとし、内・外陣境の両脇間を格子戸引違に、両側面の前より第一、第二間を板戸引違とし、明障子を設け、第三間を板壁とする。内陣須弥壇上に向って右より、釈迦如来(像高2.2メートル)・阿弥陀如来(像高2.35メートル)・弥勒菩薩(像高2.42メートル)の三躯を安置する。三躯はいずれも木造寄木造の坐像で、右から順に、過去・現在・未来をあらわし、三世仏と呼ばれる。釈迦如来坐像および弥勒菩薩坐像の胎内には次の銘あり。釈迦如来坐像内に置かれた銘板の造立銘奉造像釋迦如来一躰本願 圓義僧正藤原姓鍋嶋氏攝津守直之右信心檀越武運長久壽命長遠子孫繁昌吉仍造像意趣如件(一六七一)寛文十庚戌曆十二月五日奉行 義白法師大佛師民部法橋弥勒菩薩坐像内写経末尾銘辛亥(一六七二)自至寛文十一歲五月十八日一夜書終武州住施主 七郎兵衛亡父 念誉浄真為菩提書終太鼓門は、鼓楼ともいわれ、三仏堂の西に隣接して立ち、様式手法等により江戸時代初期のもので、その後、三仏堂同様に修理を経て現在に至っている。桁行三間、梁間三間、袴腰付、入母屋造、銅瓦葺、東向き、中央一間扉構、上部は四周に縁をめぐらし、高欄が付く。正・背面の中央間に火灯窓、嵌板に華麗な彩色透彫文様を施す。楼上に太鼓をかけ、寺の諸行事の合図に使用した。平成十九年(二〇〇七)三月太田市教育委員会。