福島唯一の即身仏を拝観しよう!
金久山 貫秀寺の特徴
福島県唯一の即身仏が祭られている貫秀寺です。
拝観には事前連絡が必要な珍しいシステムです。
地元民に支えられている貴重な仏教寺院です。
住宅地に入り込んだような小さなお寺になるが、即身成仏を安置していらっしゃるお寺になります。安置されているのは弘智法印 宥貞という方です。大概、入定される目的は自身の悟りを目的としているのに対して宥貞は衆生救済を目的とされている稀有な存在です。一般拝観もされていますので訪問してきました。地元の関係者の方たちで保存管理されておりますので、事前の連絡が必要です。お寺で待ち合わせをしてお堂の鍵を開けてもらってください。到着して15分くらいで来ていただけました。※待たされる、不在だったということも想定しておきましょう。管理されている方もご自身の生活のなかで好意で対応している方だという認識が大切です。いよいよ対面です。小さいながら立派なお堂です正面に座して、手は印を結んでいるように見られます。お顔は柔和に笑いかけてくれているように見えます(これは会ってみるとわかりますよ)脇には入定された時の木棺と石棺も保存されておりました。開けてくれた保存会の方に謝辞を述べて拝観を終えました。駐車スペースはお寺のすぐ近くにあります。撮影も可能です。即身成仏は北陸地方に多くありますが福島にあるのはこれが一つで、場所としても貴重な存在です。足を運ぶ価値あります。
2025年4月9日。お伺いしました。通常石川町役場に電話して、予約が必要だそうです。が、心良く対応して頂きありがとうございました。砂利の駐車場、5台位駐車出来ます。拝観料500円、お掃除が行き届き、時代の流れが感じられる場所。
[金久山 貫秀寺]福島県唯一の即身仏が祀られている寺薬師如来の名号を唱え入定したと伝えられる即身仏、弘智法印宥貞が祀られている。弘智法印宥貞は1591年に出雲国に生まれ、幼い頃より仏教に惹かれて元服すると出家して仏道へ進みたいと両親に懇願し、その意志は反対を押し切るために断食をするほど強いものだった。1614年に23歳で讃岐国の松尾寺の住職宥昌和尚ものとで出家し、宥貞と改名。仏門修行に励むが、27歳の時宥昌和尚が亡くなるとひとり諸国行脚へと旅立つ。陸奥国を巡って出羽三山のひとつである湯殿山に立ち寄った際には衆生救済のための捨身成仏の風習に触れ、生涯にわたり強い影響を受けたと考えられている。さらに高野山金剛三昧院にて真言密教を修学して小僧都となり、続いて江戸深川の永代寺の住職となる。その後再び旅に出て磐城の国に入り、赤井岳常福寺の住職、棚倉町観音寺の住職を経て大草堀川の観音堂に移り住む。その23年後、最後の信仰の地となった浅川町で小貫東永山観音寺の住職となり、村人のために加持祈祷を行う日々を過ごしていたが、この時期悪病が流行して多くの村人が苦しんでいた。そこで宥貞は1683年12月8日、弟子の宥林に寺を継がせ、村人を集めて薬師如来十二大願の説法を行った後、自らを悟り入定。「我将に三七、二十一日に入滅するなり」と告げ、「我身を留めて薬師如来たらん」と言い残して1683年12月23日、92年の生涯を閉じたと伝えられている。全国に即身仏は現在20数体あるが、弘智法印宥貞のように疫病治癒祈願という人々のために薬師入定した例は国内では類がないと言われている。柔らかい表情の即身仏は見るだけでどこかほっとする。案内してくださった方もとても親切で気持ちよく参拝できた。おすすめ度:★★★★☆2022.05.31
福島県唯一の即身仏。パワーを貰えます。鍵をしてますので到着30分前くらいに電話をするとスムーズかと思います。
役場の管理が地元民任せなのはどうかと思います。
事前に役場にメールで連絡して、管理者の方の電話番号を確認して、拝観日の前々日に電話で管理者の方に拝観予定日時をお伝えしておきました。当日はとても親切に対応していただきました。御堂の中はとても綺麗で、詳しい音声案内で、とても理解が深まりました。
福島唯一の即身仏がここにおられます。震災で被害を受けたそうですがそれを契機に手を入れたのか、小さいながらも充実した解説パネルや解説音声、厨子が整備されております。なお、ここのお寺自体は無住なので、御朱印とかはありません。兼務寺院でもらえるかは不明です。
| 名前 |
金久山 貫秀寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0247-36-2815 |
| HP | |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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R7.8.29に訪問しました。浅川町に福島県内で唯一現存する即身仏があるとのことで、ぜひ訪れたいなと思い、色々と調べたところ、一度浅川町役場に問い合わせしてほしいとのことだったので、役場へメールをしたところ、即身仏を管理されている小貫即身仏保存会の方の連絡先を伝えられました。役場へよ問い合わせからしばらく経って、保存会の方に連絡し、ようやく本日拝観させてもらうことになりました。貫秀寺に到着し、電話をいれると10分ほどで保存会の方が来てくださり、薬師堂を開けて中を観させてもらいました。お堂の中はとても綺麗で、「弘智法印宥貞」の即身仏が納められていました。また、厨子や石棺、木棺、薬師如来像といった即身仏に付随する資料も一式展示されていました。即身仏を含めて、これらの資料は平成3年(1991)浅川町の町指定文化財になっています。私が訪問した際に、ちょうど貫秀寺の住職さんがいらっしゃっていて、ご挨拶をしました。保存会の方と住職さん曰く、貫秀寺は現在は無住の寺であり、白河から住職がいらっしゃっているとのこと、また、無住であるため、即身仏を常に見ることはできず、保存会の方が拝観者の対応をしていることをお話をしていただけました。なかには、町役場を通さずに直接お寺に来る方もいらっしゃるそうです。親切に対応していただいた保存会の方と住職さんにお礼を言い、貫秀寺をあとにしました。貫秀寺を訪問される際には、事前に浅川町役場にお問合せすることをおすすめします。また、保存会の方もお仕事などのお忙しい中、時間を割いてご対応してくださるので、拝観の際は感謝の気持ちをお伝えすることをおすすめします。