新橋の親柱、歴史の息吹。
新橋親柱の特徴
江戸時代の新橋に架けられた親柱が残る歴史的スポットです。
汐留川に架かっていた橋の跡地は、銀座の入口に位置しています。
夜になると明かりがともり、趣のある雰囲気が楽しめる場所です。
地名「新橋」の由来を今に伝える歴史的なモニュメント。新橋親柱は、もともと汐留川に架かっていた「新橋」に設置されていたもの。橋そのものは1963年に川の埋め立てと共に取り壊された。なお「親柱」とは、橋の両端に立てられた柱で、橋の名前や竣工年月、装飾などが記された構造物をいうそうです。
かつて汐留川が流れていた時のもの。あたらしばし。こちらは大正時代のもので、川は昭和38年に埋め立てされました。川の流れの名残は首都高の流れです。
銀座中央通り、8丁目の閉業した天ぷら天国の隣の、ハナマサとドンキホーテ入口の新橋駅や汐留駅側に存在してます。すぐ隣の一角にファミリーマートがあるので、穏やかな気候の時は石の椅子でひと休みできます。新橋の名の通り、まさしく橋として存在していた事が説明文にありました。特にこのあたり、新橋、日本橋、京橋、築地などの近辺は、地名からもともと水辺だったのが窺えて面白いです。2024年9月追記久しぶりに昼間に通りがかると、ハナマサとドンキホーテの前に観光バスが停車しており、観光やお買い物途中の一休みの場所として外国のお客様方が休憩されておられました。
新橋跡地側が港区新橋、高速道路の向こう側が中央区銀座になっている。ちなみに高速道路の下は元々川だったため番地はなく、銀座に9丁目(ナイン)はない。
当時のまま残っている親柱。たった60年くらい前にここに川があったことに驚きです。
江戸時代は、汐留川に「新橋」が架けられていました。芝口御門が出来た段階で、芝口橋と名前が変わりましたが、芝口御門の焼失に伴い、新橋の名前に戻された経緯があります。新橋の親柱は、この新橋の両端にあった親柱が保存されているものです。
江戸時代は、汐留川に「新橋」が架けられていました。芝口御門が出来た段階で、芝口橋と名前が変わりましたが、芝口御門の焼失に伴い、新橋の名前に戻された経緯があります。新橋の親柱は、この新橋の両端にあった親柱が保存されているものです。
汐留川に宝永7年(1710年)に架けられた橋は「新橋」また「芝口橋」と呼ばれ ましたが、その橋の明治時代の初めにデザインされた親柱が、銀座の入り 口、銀座八丁目の中央通り沿いの首都高の高架下に残されています。
東京が世界的な「エッジ・シティ」であると同時に、その実、世界有数の古都であることも改めてわかる場所。
| 名前 |
新橋親柱 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| HP |
https://www.city.minato.tokyo.jp/kouhou/kuse/koho/konjaku/konjyaku40.html |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
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新橋と銀座の間を流れていた汐留川に架けられていた橋跡です。1963年に埋め立て工事とともになくなりました。