北陸最大の古墳群、歴史散策へ!
六呂瀬山1号墳の特徴
国指定史跡の六呂瀬山1号墳は、130基の古墳群に位置しています。
九頭竜川の右岸にあり、前方後円墳と方墳で構成されています。
坂井平野や日本海を望む絶景ポイントが近くに広がっています。
九頭竜川を挟んだ、手繰ケ城古墳と比べて、近年こちらが大きいと調査で分かりました。すがすがしい良い場所です。
散策に歩くときはすべりやすいので注意してください。落葉の下は赤土です。看板にあった通り転びました。
国指定史跡。継体天皇につながる豪族の墓と言われている。
R364沿いに広がる総数130基に及ぶ古墳が分布している丸岡古墳群の一支群九頭竜川の右岸にある六呂瀬山山頂に位置する前方後円墳と方墳からなる古墳群だその規模、内容から4世紀後半から5世紀前半にかけて存在していた越の国における首長の墓と想定される。
近くには、坂井平野や日本海まで臨めるポイントあります。
| 名前 |
六呂瀬山1号墳 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| HP |
https://www.city.fukui-sakai.lg.jp/bunka/kanko-bunka/bunka/bunkazai/rokurose-yama.html |
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
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六呂瀬山古墳群(ろくろせやま 福井県坂井市丸岡町上久米田)六呂瀬山古墳群は、4世紀後半から5世紀初頭(古墳時代前期末〜中期初頭)にかけて築造された北陸最大の前方後円墳を有する大首長墓群。第26代 継体天皇の母方である豪族(三尾氏・越の王)の一族が葬られた墓の可能性が極めて高いとのこと。父(彦主人王)を早くに亡くした男大迹王(のちの継体天皇)は、母・振媛の故郷である越前国高向で引き取られ、即位するまでの半世紀をこの地で過ごした。六呂瀬山古墳群は4基(2基の前方後円墳と2基の方墳)から成り、平成2年に国の史跡に指定、盗掘。1号墳:前方後円墳約143m北陸最大、5世紀初頭に築造された大首長墓。3号墳:前方後円墳約85m5世紀前半〜中頃。1号墳に続く次代の王の墓と考えられている。前方部の前端が1号墳の裾に接する特異な形。2号墳:小規模方墳4世紀後葉1号墳の「陪塚」とみられる。4号墳:小規模不整形方墳5世紀前葉3号墳の北方、浅い掘割を隔てた場所に位置。(補足1号墳と3号墳について)二段築成で葺石に覆われ、舟形石棺のかけらが出土。後円部には、石を葺かない「張出部(造出)」と呼ばれる祭祀用のステージが設けられ、家形埴輪、よろい(短甲)、盾、きぬがさ、鶏などを模した多様な形象埴輪やミニチュア土器が見つかった。北側の案内板のある古墳専用無料駐車場から南に古墳への歩道を進み雨天で滑りやすく3号墳から草刈りされた墳上を登り1号墳の後円部へ、また草刈りされた前方部へ。(雨で4号墳と2号墳は未確認)1号墳と3号墳は公差する特異な配置であまり見なれない。九州歴史資料館の名誉館長講座(継体天皇)で知り訪問しました。男大迹王(のちの継体天皇)が母・振媛の故郷で過ごした地とされる高向神社は古墳から西方にあります。