坂戸の古墳上、勝運の神社。
勝呂神社の特徴
坂戸市石井に位置する、四・二メートルの円墳の上に鎮座する神社です。
菊理姫命様を御祭神とした、素敵なご縁を頂ける神社です。
綺麗に整えられた神社で、のどかな雰囲気の中で静かに参拝できました。
坂戸市石井の地の円墳の上に社殿が建つ、勝呂(すぐろ)神社です。7世紀代の古墳のだそうです。何とも珍しい。幹線道路から逸れた場所なので、ナビ設定では「勝呂神社の鳥居」をご検索下さい。「勝呂神社」ですと、神社裏手付近の細い道を案内されますのでご注意下さい。神徳は、縁結び、勝負、家内安全、商売繁盛、厄難除となっています。その名の通り、勝運紹来の絵馬まありました。御朱印は書き置きとなっています。
⛩️ 由緒と信仰勝呂神社は、第65代花山天皇の御代、寛和2年(986年)に加賀国一の宮である白山比咩神社の分霊を勧請して創建されたと伝えられています。主祭神は菊理姫命(くくりひめのみこと)、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)、伊邪那美命(いざなみのみこと)であり、配神として建渟河別命(たけぬなかわけのみこと)、豊城入彦命(とよきいりひこのみこと)が祀られています。特に、四道将軍の一人である建渟河別命が当地の古墳に埋葬されているという伝承があります。この古墳の上に神社が建てられているため、「勝呂神社古墳」とも呼ばれています。勝呂神社は「勝運の神」としても知られており、受験シーズンなどには合格祈願の絵馬が多く見られます。境内には「勝虫」とされるトンボがシンボルとされており、前にしか進まず退かない「不退転」の精神を表すとして、武士の間でも珍重されました。📍 歴史と古墳勝呂神社が鎮座する石井地区は、坂戸台地の北端に位置する農業地帯で、奈良時代前期の勝呂廃寺跡や平安時代の勝呂屋敷、30基近い古墳が存在するなど、古くから有力な豪族が暮らしていたと考えられる地域です。勝呂神社古墳と社殿が一体化した特徴的な構造をしており、現状で直径約50m、高さ約4.2mの円墳です。江戸時代には、寛永19年(1642年)に社殿が再建され、その7年後の慶安2年(1649年)には3代将軍徳川家光から朱印状が与えられ、代々の将軍家から社領を賜っていました。延宝9年(1681年)には、郷人の協力を得て立派な本殿が造営され、現在もその姿を見ることができます。🚌 アクセスと御朱印勝呂神社へのアクセスは、東武東上線「北坂戸駅」からコミュニティバスに乗り、「勝呂小学校」バス停で下車後、徒歩約5分です。御朱印は東隣に位置する藤神授与所で受け付けており、勝呂神社の他にも坂戸神社の御朱印もいただくことができます。
若葉駅からバスですが、本数が非常に少ないので良く確認した方が良いと思います。バス停からだど見えませんが、ラーメンショップの裏辺りの位置になると思います。社殿は小高い丘にあり、見た目も素敵な感じです。摂社もかわいらしく、全体的な雰囲気も良いです。御朱印の案内もキチンとしていて丁寧に置かれており、坂戸神社の分も頂けるのがありがたいです。15時迄で初穂料は1社500円です。
御祭神菊理姫命 伊邪那岐命 伊邪那美命相殿建渟河別命 豊入彦命境内社勝實稲荷社 金守稲荷社 八幡社 熊野権現 箭弓稲荷 氷川社一ノ鳥居横に駐車スペースがあります。御朱印は階段手前、右手に入った所で預かれます。書置きで坂戸神社さんも預かることができます。物凄い落ち着いた感じでメチャクチャ居心地がよかったです。
丘の上に鎮座かと思いきや、説明によると古墳の上だそうです。社の上から周囲がよく見えますね。無人な為、御朱印紙は社務所の奥の授与所にあり、坂戸神社の御朱印紙もあります。
古墳の上に鎮座している神社で第六十五代花山天皇の御代、寛和二年(九八六)、加賀国一の宮の白山比咩神社の 御霊を勧請し創建されたことによるもので、主祭神として菊理姫命・伊邪那岐命・伊邪那美命 を、配神として建渟河別命・豊城入彦命を奉斎します。 その後、平安時代後期、鎮守府将軍として奥州の逆徒追討に向かった八幡太郎の通称でも知られる、武門の誉れ高き武将『源義家』は、建渟河別命の故事に倣い、当社に参拝して戦勝を 祈願したところ、霊験大いにあり、後三年の役終結(一〇八七)の後、凱旋の折に報賽し社領 を定められました。 鎌倉時代になると武蔵七党の村山党に属した須黒(勝呂)氏は、『吾妻鏡』にその名を残す ほどの勢力となっていました。とりわけ『須黒太郎恒高』は、当社を氏神として厚く信仰し、 社領を加増するとともに、健保九年(一二一三)に社殿を再営して『強い神』として尊崇し、 社号を勝呂白山権現に改めました。 江戸時代においては、寛永十九年(一六八一)に御社殿が再建され、その七年後、慶安二年 (一六四九)には、三代将軍家光公から五石の朱印状を受け、以後代々の将軍家より社領を賜 わるとともに、古河領及び地頭から、それぞれ『玄米一石永七五文供米一俵』が毎年祭祀料と して寄進されました。更に延宝九年(一六八一)には、郷人すべての崇敬の志を集めて立派な 本殿の造営(現存の本殿)がなされています。 明治時代に入ると社号を白山神社と改め、勝呂村の指定村社に列せられました。明治四十一 年(一九〇八)には地内の無格社十五社を合祀したのを機に、社号も古来の地名をとり『勝呂神社』とし、勝呂郷総鎮守として現在に至っています。御朱印は書置きの物が社務所にあります。勝運の神としても広く信仰されていて、なでると力をいただけるという勝運霊石が本殿の裏手にひっそりとあります。
坂戸市石井の勝呂神社、こんもり盛られた小山上に鎮座します。急な石段を登ると、とても雰囲気の良い神殿が、真冬の昼下がり、明るい日射しの中、心穏やかに参拝させて頂きました。境内の中に小さめですが、とても素敵な神楽殿が目を引きます。
この前、茅の輪くぐりしてまいりました。市の職員がテントまで出してやるイベントで有名みたいです。あと、小高い丘に立ってるなあと思いきや、古墳の上に建立しているらしい。似たようなお社は東松山にもある八幡様もそうで中覗けます。身につけるミニ茅野輪は、ボランティアの方の作品なのか破格でしたので家族分購入しました。
2024年5月参拝致しました。駐車場は砂利で広いです南側の鳥居の横から入れます。階段をあがると本殿でおみくじと絵馬がありました私は絵馬に願いを書きました。500円です社務所は無人でしたが御朱印が書き置きで2種類ありました両方500円でしす。参拝中何回も国鳥のキジが鳴いていました素敵な神社です。
| 名前 |
勝呂神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
049-281-0653 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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坂戸にきて神社巡りしていたら、勝呂神社に巡り合いました。勝運招来、夫婦共に家内安全を祈願できてよかったです。