原爆の子の像で平和を祈る。
原爆の子の像の特徴
原爆の子の像は、12歳で亡くなった佐々木禎子さんをモデルにしています。
平和記念公園内にあり、折り鶴の数が年々増えているスポットです。
被爆の悲劇を伝えるための、深い意味を持った慰霊の場所です。
平和記念公園の中に佇むこちらのモニュメントは、空高く掲げられた折り鶴と共に、平和への純粋な願いを象徴する非常に象徴的な場所です。原爆の犠牲となった子供たちの霊を慰め、世界平和を祈るために建てられたこの像は、周囲を囲むガラスケースの中に捧げられた無数の折り鶴が印象的で、その色鮮やかな光景は訪れる人々の心に深く刻まれます。世界中から寄せられる折り鶴の数は、年間で約1千万羽にも及ぶと言われており、平和を願う人々の想いの強さを物語っています。像の頂上で折り鶴を掲げる少女の姿は、平和な未来への希望を感じさせてくれます。この場所は、歴史を学ぶ場であると同時に、命の尊さや平和の大切さを改めて考えるきっかけを与えてくれる、非常に穏やかで神聖な空気が流れています。周囲は緑豊かな公園となっており、川沿いを散策しながら立ち寄ることができるため、静かに思いを馳せるにはぴったりの環境です。また、近年この周辺は、歴史的なスポットと現代的なカフェや施設が調和するエリアとしても注目を集めています。公園内を流れる元安川の風景を眺めながら、近くのオープンカフェでこだわりのコーヒーや広島ならではのレモンスイーツを楽しむ時間は、旅の合間の心地よいリフレッシュになるでしょう。静寂の中で歴史の重みに触れた後に、美しい街並みや活気あるグルメスポットを巡ることで、現在の平和な広島の魅力をより深く感じることができるはずです。心安らぐ散策のひとときを過ごしに、ぜひ足を運んでみてください。
原爆で亡くなった子供たちの慰霊碑。平和記念資料館にも詳細がありましたが、2歳で被爆し、10年後に白血病で亡くなった少女をはじめ、 原爆で亡くなった子どもたちを慰霊するために造られています。
佐々木禎子さんは、わずか2歳のときに爆心地から約1.6キロの自宅で被爆した。当時は大きな怪我もなく、元気に成長した。しかし、被爆から10年が経過した小学6年生のとき、突然「亜急性リンパ性白血病」と診断された。これは、原爆の放射線による後遺症だった1955年2月に入院した禎子さんは、「鶴を1000羽折れば病気が治る」という言い伝えを信じ、薬の包み紙やお見舞いの品の包装紙を使って、ひたすら鶴を折り続けた。そんな切実な願いを込めて折り続けられた鶴は1,300羽を超えたが、願いも虚しく、同年10月25日に12歳という若さで息を引き取った。禎子さんの死をきっかけに、同級生たちが「亡くなったすべての子どもたちのために記念碑を作ろう」と呼びかけ、全国的な募金運動が始まった。1958年にこの像が完成した。像の頂上には、黄金の折り鶴を掲げる禎子さんがモデルとなった少女の姿がある。
恥ずかしながら最近まで佐々木禎子のことは知りませんでした。彼女の生前の折り鶴を作り続けたエピソード、同級生が原爆で亡くなった子供達の供養のためにこの像を建てた経緯、また、彼女のエピソード綴った絵本が反核のソンボルになり、更にこの絵本がトルーマン大統領の孫がこの絵本に触発され反核運動に関わるという奥深い話を知り、訪ねたい場所の一つに加わりました。平和記念公園の中でも特別な場所と思いました。(2025年7月)
「原爆で亡くなったすべての子供たちのための慰霊碑」石碑には「これはぼくらの叫びです これは私たちの祈りです 世界に平和をきずくための」碑文吊るされた鐘には「地に空に平和」「千羽鶴」
原爆で亡くなった子どもたちの霊を慰め平和を築くための像をつくろうという運動が始まり、全国からの募金で平和記念公園内に「原爆の子の像」が完成しました。その後この話は世界に広がり、今も「原爆の子の像」には日本国内をはじめ世界各国から折り鶴が捧げられ、その数は年間約1千万羽、重さにして約10トンにものぼります。平和記念公園内ではいたる所で、色鮮やかな折り鶴が見受けられます。折り鶴は日本の伝統的な文化である折り紙の一つですが、今日では平和のシンボルと考えられ、多くの国々で平和を願って折られています。
原爆で亡くなった子供たちを追悼する石碑。原爆の子の像は、広島平和記念公園内にある、佐々木禎子(像のモデルで原爆による白血病で死去)同級生らによる募金運動により作られた像。内部には鐘があり、中に吊られている折り鶴を象った金色の錘が風を受けて揺れると、風鈴のように鳴る仕掛けになっているそうです。
広島平和記念公園を代表するモニュメントのひとつですね人類の歴史は戦争の歴史とよく言われますが…戦争って人間の本能なんかなぁ。
原爆ドームを見学してる時から鐘のなる音が聞こえていましたが、こちらの鐘を色んな方が鳴らされていました。折り鶴を持った女の子のオブジェが胸が痛くなります。
| 名前 |
原爆の子の像 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
082-504-2390 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.7 |
| 住所 |
|
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この像は、2歳の時に被爆した佐々木禎子さんが、10年後に白血病で亡くなったことをきっかけに、同級生たちが、「原爆で亡くなったすべての子どもたちのために慰霊碑をつくろう」と呼びかけ、全国の3,200余りの学校や世界9か国からの寄付などにより、1958年5月5日に完成したものです。像の高さは9mで、その頂上には折鶴を捧げ持つ少女のブロンズ像が立ち、平和な未来への夢を託しています。側面には少年と少女の二体の像が配されています。像の下に置かれた石碑には、「これはぼくらの叫びです。これは私たちの祈りです、世界に平和をきずくための」という碑文が刻まれています。内部につるされた鐘には、ノーベル物理学賞受賞者である湯川秀樹博士の筆による「千羽鶴」、「地に空に平和」の文字が膨られています。この鐘と金色の鶴は、2003年に複製されたものです。