戸倉村の地神、藤賢和の書。
地神塔と金毘羅様の特徴
地神の石碑があり、訪れる価値があります。
書家藤賢和による敬書が魅力の地点です。
優れた歴史を持つ塔で、学びが得られます。
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石碑は大地の神である「地神」と書かれているらしいです。
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| 名前 |
地神塔と金毘羅様 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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この塔は地神(じしん)と読み、戸倉村(利根郡片品村)出身の書家藤賢和(ふじけんな)の敬書となっている。独創の篆書体(てんしょたい)で、人々はその書体を「賢和の笹字」と称し、珍重称揚している。賢和は若い時から旅を好み、道すがら旅館で請われるままに、地神とか庚申の文字を書いて、村人に与えている。旧子持村では他にも二、三基現存している。この塔は、賢和が八十二歳の時、文政十一(一八二八)年春正月の書で、新田町講中の建立であり、高さ220cm、幅86cm、総高320cm ある。大石碑である。賢和はこの数年後に没している。大地の神として怖れ敬う地神信仰は、古くから素朴な信仰として民衆の間に続けられてきたものであるが、後にこの原始的な信仰に、仏教や道教の思想が入り込んで、今日の地神信仰ができあがったのである。春分・秋分に最も近い戊(つちのえ)の日を社日(しゃじつ)というが、この日が田の神と山の神の交代の日で、地神の祭り日とされていて、土仕事はしない風習があった。白井の新田町でも地神講が盛んであったのがわかる。地神隣の金毘羅様は、雨乞いや水先案内として、筏(いかだ)師や農民の尊崇を受けていたもので、寄進者十九名の氏名がある。石工は信州木洗馬の渡辺門司朗で、高さ72cm、幅43cm、総高151cmある精巧な出来栄えである。平成三十年九月 渋川市なるほど立派な石碑である。