木花咲耶姫に会える場所。
都萬神社の特徴
祭神・木花咲耶姫命を祀る神社で、縁結びのご利益があります。
樹齢1200年の大楠が存在し、自然豊かな森の中に位置しています。
日本酒発祥の地とされ、地域の祭りや行事にも深く関わっています。
色々悩んでる時に訪れる場所です。神社の写真撮り忘れましたが趣のある場所です。
たまたまドライブしながらたち寄った神社でしたがとても静かで心安らぐ、お社でした🥰。日本清酒発祥の地であることにも驚きでした✨
商店街から少し離れた場所住宅街の端っこにあり、駐車場は横に公園が有り、そちらから入る感じで、鳥居がある方は出口になっています。
お正月明けの三社参りで参詣しました^ ^お酒の発祥地みたいです!コノハナサクヤヒメをお祀りしている神社⛩️ですが、富士山本宮浅間大社とお祀りしている神が同じです^ ^どう言う繋がりがあるか考えてみよう!そう言えば2023年に浅間大社にも行きました〜
主祭神は木花咲耶姫さま。宮崎県西都市大字〝妻〟に鎮座し、『延喜式神名帳』にも名を記される式内社として、古代から地域を守護し続けた神域です。境内は「鎮守の杜」として保たれ、樅・クス・タブなどの常緑広葉樹が生い茂り、国指定天然記念物の「妻のクス」は樹齢千年を超えるとされる巨木。風が葉を揺らす音とともに、深い静けさと生命力を感じました。この土地の地名「妻」は、皇孫瓊々杵尊との結婚伝承に由来するとされ、昔から「妻萬(さいまん)様」として親しまれています。縁結び・安産・子育て・家内安全といった御神徳で、女性や家族を中心に信仰が厚く、毎年7月7日には七夕の祭り「更衣祭(こもそぎさい)」も斎行されます。参道を歩くと、鳥の声や葉のざわめきが清らかな空気を運び、四季折々に表情を変える古社の風景に心が和みます。地域の人々にとっては生活と信仰が響き合う場所であり、女性性の〝産み出す力の加護〝にあやかりたい女性や男性、また心を整えたい方方にお勧めしたい癒しの聖地です。
2025年7月初めてお参りさせていただきました。駐車場はありましたが、駐車場までの車道が狭く入口、出口が分りづらく感じました。行かれる際は事前に入口、駐車場、出口を確認された方が良いかと。御朱印をいただきました。またお参りさせていただきます。ありがとうございました。
創建の年代は不明ですが、「続日本後紀」で登場するようで、800年代です。となると大変由緒ある神社です。西都原古墳群訪問時にセットで訪ねたいスポットです。
素晴らしい御神木や、日本一の太刀、日本清酒の発祥地です。御神木には龍神様がいます。
自分も久々に階段を登り、本堂に参りましたが、とても綺麗でした(相変わらず)記紀の道という地元の物語は、ここが起源とされています。確か酒壺みたいなのもあったような…実際に見てみてはいかがでしょうか?
| 名前 |
都萬神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0983-43-1238 |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 9:00~16:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
|
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都萬神社(つまじんじゃ)は、西都ICの北5.7kmほどの宮崎県西都市妻に鎮座している神社です。延喜式の式内社(小社)で、旧社格は県社です。創建の詳細は不詳ですが、天孫降臨の神話に登場する木花開耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)を主祭神として祀る古社です。日本最初の婚礼の地や「日本清酒発祥の地」との伝説が残る、神話と深い結びつきを持っています。平安時代初期の編纂の『続日本後紀』によると、仁明天皇の承和4年(837年)に官社に預かったと記録されており、この時代にはすでに朝廷から重んじられる存在でした。さらに『日本三代実録』では、天安2年(858年)に従五位上から従四位下に神階が昇格したことが記され、延長年間(923〜931年)に編纂された『延喜式神名帳』にも記載される由緒正しき「式内社」として名を連ねています。古来より「日向国二之宮」や「日向国総社」として広く尊崇を集めてきました。中世以降は、この地を治めた武家や領主たちからも手厚い保護を受けました。建久年間(1190〜1199年)にはおよそ98町歩の神領を有していたとされ、戦国時代から安土桃山時代にかけては、日向の戦国大名である島津義久が天正年間(1573〜1592年)に社殿の改築を行っています。江戸時代に入ると、慶長6年(1601年)佐土原藩主となった島津氏が供田315石を寄進し、神人30戸を定めて年間に75度の祭祀を厳修させた記録が残されています。江戸時代後期には社記などの古文書が火災によって焼失してしまいましたが、地域の人々からは「妻万様(さいまんさま)」と親しまれ、現在も神話の面影を色濃く残しています。今日では、縁結び、安産、子育ての神として多くの参拝者が訪れます。毎年7月7日には木花開耶姫命に婚礼衣装を着せつける「更衣祭(こういさい)」という特異な神事が執り行われています。、境内には国指定天然記念物であり、樹齢約1200年と推定される「妻のクス」がそびえ立っており、千年以上もの長きにわたり都萬神社の歴史と変遷を見守り続けています。神社のある「妻(つま)」という地名はかつてあった日向佐土原藩の児湯郡(こゆぐん)妻町に由来します。明治22年(1889年)妻町・妻村・現王島村・黒生野村・岡富村・清水村・三宅村・右松村・右松町が合併して、下穂北村が発足しました。大正13年(1924年)下穂北村が町政施行し改称して妻町となりました。昭和30年(1955年)妻町・上穂北村が合併して、西都町が発足しました。昭和33年(1958年)西都町・三納村・都於郡村が合併し、市制施行して西都市となりました。