浜離宮の静謐、旧稲生神社。
旧稲生神社の特徴
浜離宮恩賜庭園内に佇む静かな旧稲生神社です。
創建時期は不明ながら、稲生武太夫に由来する神社です。
都心の喧騒を離れた落ち着いた雰囲気が魅力です。
旧稲生神社〒104-0046 東京都中央区浜離宮庭園1-1 浜離宮恩賜庭園内案内板の邦文には「内部に祭られている宮殿」とありますが、英語の説明の中には、「社殿内の神輿」となっています。2005年に文化財としての大修理が行われ、「明治時代の建築当時の姿に復元された」。と書かれているのも「明治時代の創建当時の姿を伝えています」よりストレートな表現でわかりやすい気がします。旧稲生(いなぶ)神社旧稲生神社の創建時期は明らかではありませんが、江戸時代後期の絵図には現在の場所より西方に稲荷社が描かれていることから、庭園内に稲荷社が古くから祭られていたことが知られています。現在の建物は、前身となる社殿が明治27年(1894)6月20日に東京湾を震源とする地震で倒壊したため、翌年に当時の宮内省内匠寮(たくみりょう)の手によって、同規模・同形式で再建されたものです。一方、内部に祭られている宮殿は、その建築技法から江戸時代後期のものであると推定されています。建立から現在に至るまで、幾度か修理の手が加えられたことが、調査によって判明しています。なかでも、大正12年(1923)9月1日に発生した関東大震災では大きく破損し、倒壊は免れたようですが、昭和6年(1931)に同じく内匠寮によって大修理が行われました。そして、平成17年には文化財としての大掛かりな修理を行ない、ここに明治時代の創建当時の姿を伝えています。The Former Inabu Shrine (Kyu-Inabu Jinja)The exact year when the Former Inabu Shrine was originally constructed is not clearly known. However, it is known that an Inari shrine did exist in the garden before the late Edo period because it was drawn at a place west of the present location in the pictorial drawing from that time.The shrine building that was the predecessor of the present building collapsed in the earthquake of 20th June 1894. In. the following year, the Imperial Household Ministry of that time reconstructed the building in the same scale and form as the one that had existed before the collapse. On the other hand, the miniature shrine inside the shrine building is presumed to be a work of the late Edo period judging from its architectural technique.The survey and research carried out clarified that several repairs had been conducted on this building since its original- construction. The Imperial Household Ministry conducted a major repair in 1931' because the building had suffered gréat damage though it did not collapse in the Great Kanto Earthquake of 1st September 1923. In 2005, a major repair of this building as a cultural property was conducted and the building was restored back to the state of its original · construction in the Meiji period.
浜離宮恩賜庭園の中に祀られている旧稲生神社。
浜離宮内にある元神社の建物です、現在は神社の機能はありません。創建時期はわからないそうですが庭園内に古くから祭られていたそうです。現在の建物は、前の社殿が明治27年に東京湾を震源とする地震で倒壊したため翌年に当時の宮内省内匠寮によって再建されたものだそうです。
こんなところに神社があるなんて知りませんでした!
近くに猫がいました。
旧・稲生神社は浜離宮庭園内に天明年間に稲荷神社として建立されました。その後、明治時代に同じ浜離宮庭園内の現在の場所に移転してきたそうです。関東大震災で本殿は破損し、昭和6年に大修理が行われました。残念ながら現在は”ご神体”が無く、神社としての機能はありません。
三次実録物語という妖怪退治の物語の主人公、稲生武太夫(平太郎)に関係する神社だと推測される。三次藩の出身でその後広島藩に召し抱えられて江戸にも随伴。江戸後期に平田篤胤に注目され、明治天皇も広島市国前寺に保存されている、退治した化け物の親分にもらった木槌の見学を所望されたそうだ。伊予松山にもお化け狸(アニメ)を退治して封じた祠が残されている。子孫と考えられる人たちも残っており都内にも住んでいるようだ。季刊怪第5号 1999年5月 角川書店発行 に詳しい。
庭園の中にひっそりと佇む神社。ここだけ雰囲気が違います。
庭にある小さな寺院(原文)Petit temple présent dans la jardin
名前 |
旧稲生神社 |
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ジャンル |
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電話番号 |
03-3541-0200 |
住所 |
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評価 |
3.8 |
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静かな場所にある旧稲生神社です。