豊見親の墓で宮古歴史探訪。
土原豊見親のミャーカ・ウプメーカの特徴
土原豊見親の墓は、琉球王朝時代の歴史を物語る名所です。
石の立派さが際立つ、土原豊見親の墓が見どころです。
泡盛の名前の由来ともなった、豊見親の存在に感動できる場所です。
土原豊見親(んたばるとぅゆみゃ)の墓「豊見親」は泡盛の名前にもなってますが琉球王朝時代の宮古地方を任されていた領主の称号だそうです。
2022.07.01集落の中に16世紀の人物の墓が溶け込むように存在している。石垣島と与那国島での討伐において武功があった土原豊見親のものだ。石積み式のお墓だが次第に横穴式に代わっていったと書かれている。ちなみに「ウブメーカー」となっているが「ウブメーカ」もしくは「ウブミャーカ」が正しい。宮古島でもミャーカとなっているのでミャーカとすべきだろう。
なかなか立派な石です。
(2019/09)「ウプメーカ(大きな石造墳墓という意味か?)」とも呼ばれる。16世紀に島を治めた土原豊見親とその内室の墓。このような石造墳墓を「ミャーカ」という。参道から石造アーチをくぐると、正面が豊見親の墓。石灰岩を削ってそり屋根瓦を作っており、素朴ながら見事な造形。お隣の内室墓は若干雑だが、どっしりした作り。
多良間島の歴史がわかる。
| 名前 |
土原豊見親のミャーカ・ウプメーカ |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| HP |
https://www.vill.tarama.okinawa.jp/about/shiseki_bunkazai/ntabaru_myaka/ |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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