江戸の香り漂う、頼惟清旧宅へ!
頼惟清旧宅の特徴
紺屋を営んでいた歴史的な建物で、江戸期の残り香を感じられます。
日本外史で知られる頼山陽の祖父の旧宅で、家族の歴史が伺えます。
無料で自由に見学でき、リラックスして楽しめる点が魅力的です。
美しい古民家ですね🎶立ち寄って良かったです😊
中庭が華やかさの無い質素さが時代を感じさせました。
頼山陽のおじい様のお宅。1775年建築というからもう250年も昔の建物なんですね。暑い日でしたが、建物の中に入ると涼しい風が吹き抜けていて、縁に腰かけてしばし涼んでいました。各部屋にはお花が綺麗に活けてあって、とても和みます。
紺屋を営んでいたと言われる頼(惟清)家旧宅には江戸期の残り香がある。無料の施設には、音声ガイドの機器が設置され、座敷には美しい花が生けてあり、きれいに手入れが行き届いて気持ちが良い。
らいただすがきゅうたく江戸時代の商家、入るのは無料なかなか見応えはある。
「日本外史」の頼山陽の父親の実家。簡素な日本家屋にはよく池坊の生花の展示がされています。無料で見学できます。上がれる部屋がありそこからぼーっと庭を眺めているとタイムスリップした錯覚におちいる。歴史的人物を生んだこの土地とこの住居にてとても感慨深いものがある。
インターフォンを押すと、案内のテープが流れます😌
よい雰囲気でした。
「日本外史」で知られる頼山陽の祖父惟清の旧宅。幕末の学問の家として東(仙台)の大槻家、西の頼家と並称されるが、さすがにこれはない。大槻一族は当時としては実証的、科学的な業績を多数残したのに対し、頼家にはそれに比肩しうるものはなにもない。「日本外史」にしても実証を軽視して史実と合わない軍記物を下敷きにしたもので、通俗小説といってもよい。それが当時の尊王攘夷思想の流行に乗って、志士達に大きな影響を与えた。歴史というのは概してつまらないものが影響力を持つから、それはそれで評価すべきだが、やはり彼は学者とは言えない。文人墨客としてなら、一流の人物であったかもしれない。川中島の戦いを活写した有名な「鞭声粛粛夜河を渡る」の一節は格調が高い。かくいう私も大槻盤渓が頼家を訪問した際に写したという「日本外史」書写本の一部を所有している(笑)。
| 名前 |
頼惟清旧宅 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0846-22-4331 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 9:30~16:30 |
| HP |
https://www.city.takehara.lg.jp/soshikikarasagasu/bunkashogaigakushuka/gyomuannai/9/1/1/2446.html |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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古い建物ですがいい味出しています。