臼杵の親切、心温まる対応。
臼杵市役所 臼杵庁舎の特徴
臼杵市役所では移住補助金が受けられる可能性があります。
スタッフの対応が素晴らしく、丁寧なサービスが感じられる。
照明が暗めの落ち着いた雰囲気で、ゆったり過ごせる空間です。
入り口からすぐに売店があり、臼杵のお土産の臼杵せんべいやキーホルダーなど売ってました。
職員さんがとても親切に対応して下さって感謝です。
市議会議員選挙で自動運転バスの導入を訴えていた方がいましたが、自動運転バスは現在の技術では強い5G電波を発信し人間の健康被害が懸念されると言われていますので、良く勉強し導入を慎重に願いたい。
この度臼杵市に転入いたしましたが市役所の方々の対応がとても親身でした。移住支援も充実しています。
公務員でも人間です、でもね!市民が分からない事が沢山有りすぎるからもう少し、国がすむうずに手続きが済むやり方を取って欲しい、中々時間も無いので電話で済むとか、1月に2回日曜日の窓口を設けるとか、市民のための市役所にして欲しい、お互いイヤな思いをしたくは無い。
高齢の母親が部屋を片付けた際にゴミ収集カレンダーを紛失してしまいゴミ出しに困っていた時に連絡を入れた所市役所の環境課のかしまさんにお世話になりましたとても親切丁寧な対応に頭が下がりますありがとうございました。
普通に市役所。
混んでもいないのに対応が遅い。別府の方が忙しいのに対応が早い。
18時までとなっていますが、受付は17時15分まででした。行かれる方は気をつけてください。
| 名前 |
臼杵市役所 臼杵庁舎 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0972-63-1111 |
| 営業時間 |
[火水木金月] 8:30~17:15 |
| HP | |
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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臼杵市役所は、臼杵駅の北850mほどの大分県臼杵市臼杵の洲崎のウォーターフロントにあります。庁舎は、昭和49年(1974年)の竣工で、築50年以上経過し老朽化しているため、市では将来的な新庁舎の建設に向けての検討が進められています。また、市には臼杵庁舎のほかに、2005年に合併した野津町の庁舎(野津庁舎)があります。庁舎のある「臼杵(うすき)」という地名は、5世紀中頃に築造された臼塚古墳の石甲(武人の像)が臼と杵に似ており「うすきね様」と呼ばれていたことに由来します。平安時代後期から室町時代初期に彫られたとされる「臼杵磨崖仏(国宝)」があり、古くからの深い仏教信仰の歴史を今に伝えています。戦国時代の永禄5年(1562年)キリシタン大名として有名な大友宗麟(おおともそうりん)が丹生島に臼杵城を築城しました。これにより南蛮貿易の拠点として栄え、宣教師や西洋文化が行き交う独自の国際色豊かな文化が花開きました。慶長5年(1600年)オランダ船「リーフデ号」が漂着し、三浦按針(ウィリアム・アダムス)らが日本に足を踏み入れた最初の地にもなりました。江戸時代を迎えると、美濃国から稲葉氏が藩主として入封し、明治維新まで約270年間にわたり臼杵藩を統治しました。この時代に現在の城下町の基盤が造られ、「二王座歴史の道」に代表される武家屋敷や石垣、クランク状の路地にその名残が留められています。江戸時代から400年以上続く味噌・醤油・酒の製造が盛んで、八町大路周辺など城下町には今も古い蔵元が点在しています。郷土料理として、江戸時代の質素倹約から生まれた、くちなしで染めた「黄飯(おうはん)」や、おからを使った「きらすまめし」が受け継がれています。また、豊後水道の荒波で育った新鮮な高級フグが名物で、身が活きていて引き締まっているため「分厚い刺し身」で提供されるのが大きな特徴です。臼杵(うすき)という地名は、豊後臼杵藩の北海部郡(きたあまべぐん)臼杵町に由来します。明治22年(1889年)臼杵町・海添村・仁王座村・福良村が合併して、改めて臼杵町が発足しました。明治40年(1907年)臼杵町・下南津留村・市浜村・上浦村が合併し、改めて臼杵町が発足しました。昭和25年(1950年)臼杵町・海辺村が合併して、市制施行し臼杵市が発足しました。昭和29年(1954年)佐志生村・下ノ江村・上北津留村・下北津留村・南津留村を臼杵市が編入合併しました。平成17年(2005年)大野郡 野津町と新設合併し、新市制による臼杵市が発足しました。令和8年(2026年)6月の推計人口は32,218人です。