1325年の歴史、圧巻の狛犬と共に。
上下八幡神社(亀山八幡宮)の特徴
手水舎の龍神が印象的で、魅了される存在です。
1325年建立の歴史ある神社で、深い静けさが漂います。
急な石段を登ると、圧巻の石灯籠や狛犬が待っています。
観光で上下に来た際にパワースポット巡りで来訪行ったときは無人でしたが、神社回りは手入れされているようでした。龍を象った手水舎が印象的でした。石段は結構あって上り甲斐があります。石段から見下ろすのどかな上下の風景も良しこういう場所故今の時期は仕方ないですが、虫よけ対策は必須です。今回もひっきりなしに蚊が飛んできました。
手水舎の龍神。最近の写真と較べてお変わりないようで。前後に絵馬の写真を撮っているのだが今となってはここのものかどうかわからない。ここやネットで検索しても絵馬が出てこない。2000年撮影。
めっちゃかわいい狛犬がいた。
◎清浄な雰囲気が漂うオススメ神社⚫︎石段は少々急ですが行く価値あり。⚫︎本殿は写真映えします。◎見所⚫︎本殿: 木造建築の美が際立つ(かなり建築レベルが高いです)⚫︎回廊: 本殿と拝殿をつなぐ長〜い回廊(ここまで長い回廊はレアです)⚫︎神池: 澄んだ水が美しく神秘的⚫︎狛犬、灯籠、鳥居等の石造物(数多く配置され見事です)⚫︎祖霊社: 独特の若宮信仰が昇華し結実した豪奢な社殿。◎由緒❶ 鎌倉武士の勧請が起源⚫︎時代: 鎌倉時代末 (約700年前)⚫︎幕府は、鎌倉武士である斉藤景宗を甲奴郡の地頭職に任命した。⚫︎着任した斎藤氏は、植木城を築城する。「城の守り神が必要じゃの〜」「神様と言えば、鎌倉の鶴岡八幡宮じゃ」「鶴岡八幡宮から分霊もらってこよう」⚫︎こうして城内にできたのが「亀山八幡神社」の起源となる神社。❷ 1325年: 現在地にお引越し⚫︎移転: 植木城内→ 亀山(現在地)⚫︎亀山: 古来より龍神を祀る高龗神社があった地。⚫︎なお、この高龗神社は甲奴郡の加美山にあったとされる式内社「意加美神社」ではないかとの説もある。(式内社とは平安時代「延喜式」という書物に掲載された超格式の高いブランド神社)
参道の石灯籠や狛犬が圧巻♪
1325年建立。柿本人麻呂がここで読んだ句もある。
| 名前 |
上下八幡神社(亀山八幡宮) |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
駐車場はないかも。上下駅か、上下町の無料駐車場に止めるのがよさそうです。御由緒正和年間旧丹下城主斉藤美作守相州鶴ヶ岡八幡宮を城内に歓請し、その後正中二年(1325)往古より当地亀山(神山)に鎮座する高靇神社に遷座される。又、同年本郷大宮八幡宮の分霊をる併せて合祀する。明治二十七年火災にて神殿焼失。明治四十二年宇佐八幡宮の神霊を奉戴す。昭和三年郷社に昇格する。万葉集巻十に「つまこもる矢野のかみ山露霜に句ひそめたり散らまくをしも」とあるがこれは万葉の歌人柿本人麻呂が石見国に赴く時に当社の紅葉を賞賛して詠んだ歌と古来伝えられている。元禄十三年(千七百)上下は天領地となり代官出張所が置かれ石見大森銀山で採掘された銀の中継地として宿場町になった。やがて幕府役人の力を背景に金融業が興り「上下銀」と呼ばれる莫大な富を産み隆盛を極めた。八幡宮も甲奴神石、安那(旧 深安郡)三郡天領地の総社として崇められ石灯籠・唐獅子等の石造物は特に数が多く場所の高さを考えると往時の苦労が偲ばれる。又祖霊社の規模雄大さは県下でも希である。-上下亀山神社の説明板より軽い気持ちで参拝しましたが石段がすごいです。上下町が一望できるので見晴らしはとてもいいです。境内はよく手入れされていますが、神楽殿がやや荒廃気味で、飾ってある絵などが落ちていました。