徳本上人名号塔で心静かに。
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徳本上人(1758?-1818)江戸時代後期の浄土宗の僧。上人は度々打出を通り布教した。名号塔はそのような打出の西国街道沿いに建てられたもので南無阿弥陀仏徳本の文字が刻まれている。
名前 |
徳本上人名号塔 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
2.3 |
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■徳本上人名号塔芦屋市にある石塔。丸みを帯びた独特な書体で「南無阿弥陀仏」と刻まれた石塔。建立期は不知。●徳本上人名号塔 (とくほんしょうにんみょうごうとう) は、江戸時代後期に、日本各地に足を運び、念仏を伝え歩いたことで知られる徳本上人の石塔。題字は上人の筆を写したようだ。徳本上人は宝暦(ほうれき)8年(1758)に紀伊国(きいのくに)(現在の和歌山県)に生まれ、27歳で出家をして各地で修業する。その後、出身地の関西地方をはじめ、関東・中部地方でも人々に教えを説いて回り、文政(ぶんせい)元年(1818)に江戸で亡くなる。徳本上人は藩主から庶民まで多くの人々から敬われ、上人が声高(こわだか)に念仏を唱える様子に倣(なら)った「徳本念仏」が流行しました。その人気ぶりは、上人のもとにあまりに多くの人が集まったため、急遽(きゅうきょ)やぐらを作りその上から説法したこともあったと云う。徳本上人が訪れた地域には、この独特の書体の名号「南無阿弥陀仏」が刻まれた石塔が数多く残されている。これは徳本名号塔と呼ばれ、塔や碑は全国で1500点以上を数える。