丸山稲荷神社で軽登山。
丸山城跡の特徴
国道176号沿いに位置する、手軽な登山が楽しめる地です。
丸山稲荷神社奥社付近にある丸山城跡は歴史的価値があります。
片道20分ほどの軽登山で、朝の散歩に最適な場所です。
30分前後でサクッと登れます。本社は山頂から少し降りた所にあり、途中から丸山ダムが望めます。白の名残はまったくありません。
幼少期にのぼった記憶を頼りに行ってきました。幼少期は金仙寺から上がったのですが、今回は丸山稲荷神社 本社から登頂を目指しました。休憩しながら往復約40分💦オッサン(私)のなかなか良き運動になります💦継続して登頂してみようと思っております。
お手軽に結構キツメの山登りができます。
丸山稲荷神社から登ってみました高低差は100mも無いと思いますがわりと急勾配でずっと階段状なので結構しんどい!
朝の散歩で参拝。頂上まで上がると達成感あり景色を楽しむ事出来ました。有馬温泉も目の前にあります。歩きなれてないので軽く筋肉痛です…。
丸山稲荷神社から登ってみました高低差は100mも無いと思いますがわりと急勾配でずっと階段状なので結構しんどい!
国道176号線沿いの丸いお山。今は丸山稲荷社が祀られている。
行き方は南側に有る金仙寺を目指していただきそこから登ります。15分程度で山頂まで行けます。非常になだらかで整備された歩き易い登山道でした。金仙寺からのルート以外にも登山道の分岐案内により、西側に有る丸山稲荷神社 本社と国道176号へのルートが有りようです。現在主郭には丸山稲荷神社 奥社が建っており城跡の石碑も有ります。その東側に相撲の土俵が有る場所が二の丸だったようです。その周りにも腰曲輪が分かりますので一見の価値は有るかと思います。但し、主郭付近は木が有るため眺望は見れませんでした。
現在の丸山稲荷神社奥社付近が丸山城の主郭部であり、片道20分程の軽登山。道はよく整備されており地元の方であろうか、散策がてらに訪問しておられる方も多いように見受けられた。さて、城跡であるが主郭部と一段下にある二ノ丸跡(相撲場になっている)はわかりやすい遺構、いずれも大規模ではなく比較的こじんまりとした曲輪である。あと、両曲輪の周囲には腰曲輪の遺構が目視でもはっきりと確認できる。他に目立った遺構は確認できなかった。総じて雰囲気を楽しむ、曲輪を楽しむ城跡である。ゆっくりと歴史を感じようじゃないか、それでいいじゃないか、と私は思う。駐車場は丸山稲荷神社本社駐車場があり、5台ほど駐車可能、無料である。ちなみに私の登城ルートは駐車場→新参道→奥社→北参道→駐車場、で約60分であった。気をつけて登城したまえよ。
| 名前 |
丸山城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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周辺のオススメ
丸山城跡、丸山稲荷奥宮。多田源氏の一族伝 山口五郎左衛門時角 室町時代末期〜戦国時代(1540年代〜1564年)に山口郷(山口庄)の5ヶ村(名来、下山口、上山口、中野、舟坂)を支配し、三千石を領したとされていますが確かな史料がなく、この地域の名主級の士族ではないかと考える方も居られる。(この地域に山口五郎左衛門亡き後、妻ゆかりの銭塚地蔵尊、江戸時代(1690年)に山口氏が寄進された公智神社境内の大きな石で出来た手水鉢等、山口氏が存在した事は確かな様です。)1564年 松原城(別名・蒲公英城神戸市北区道場町、三田城赤松氏の支城)の松原貞利の奇襲により落城。その後松原氏が支配。(此方の歴史には諸説有、風土記等調べる楽しみも有ります)尚、1578年 織田氏中国攻めの戦関連で落城しています。遺構は本丸(丸山稲荷奥宮)、二ノ丸が確認出来ます。また雑木林内に曲輪跡が有るようです。登城は、西宮市丸山浄水場に沿った道を配水池(円筒型タンク)目指して登坂された方が比較的に上がりやすいです。