柏原八幡神社近く、歴史を感じる公園。
田ステ女公園の特徴
柏原八幡神社の北側に位置している歴史的公園です。
田捨女は1634年に誕生した歴史的な人物です。
丹波国氷上郡柏原藩に関わる史跡が楽しめます。
猫の額程の公園。観光名所という程の場所ではない。
田捨女(でんすてじょ/でんすてめ)は1634年、丹波国氷上郡柏原藩(現在の兵庫県丹波市柏原地域、当時の藩主は織田信勝)に、柏原藩の庄屋で代官も務めた田季繁の娘として誕生した。6歳のとき「雪の朝 二の字二の字の 下駄の跡」という俳句を詠み、周囲にその才を認められる。後に北村季吟に師事。1674年(延宝2年)夫が死去したため髪を下ろし妙融と号した。この頃にはすでに貞門女流六歌仙の1人として著名であった。その後子供らの独立を見届けた後、京都で俳諧・仏道などの修行を重ねた後、1688年(元禄元年)播磨国の天徳山龍門寺の傍らに「不徹庵」という庵を構え、貞閑と改名。その地で後進の指導に当たった。1698年に死去し龍門寺に葬られた。龍門寺には現在も捨女の墓がある。その捨女が出家した千日寺が明治期に廃寺となり、寺にあった灯篭や石地蔵それらを戻し新しく歌碑も加え田ステ女公園として整備された。
| 名前 |
田ステ女公園 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| 評価 |
3.2 |
| 住所 |
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