祇園祭の感動、御神輿の歴史。
八坂神社 大政所御旅所の特徴
祇園祭の神輿渡御が行われる歴史ある場所です。
ピッカピカの銅で葺き替えられた屋根の新しい姿です。
大政所神輿が安置されていた重要な御旅所です。
祇園祭の7月17日、朝から昼にかけて23基(前祭)の山鉾が巡行しますが、夕刻には3基の御神輿(中御座、東御座、西御座)が八坂神社を出立し、お町内を渡御して四条寺町の御旅所に納まります。天正19年(1591年)より前は、中御座と西御座がこちらの大政所を御旅所にしていたという場所です。
7月15日朝7時00分に四条西洞院のホテルから、前祭の山鉾の保昌山へ向かう途中にあり、お参りしました。
駒札:大政所御旅所(おおまんどころ おたびしょ)ここはかつて、祇園祭(八坂神社の祭礼)の神輿渡御のとき、三基の神輿のうち、大政所(素戔嗚尊)神輿と八王子(八柱御子神)神輿の二基が安置される場所であった。残る少将井(櫛稲田姫命)神輿は烏丸竹屋町にあったの少将井御旅所に渡御していたが、天正十九年(一五九一)に豊臣秀吉により、これら二つの御旅が四条寺町に移築・統合されて、現在の御旅所となった。天延二年(九七四)に、この地に住んでいた秦助正が、夢の中で八坂大神の神託を受け、また自宅の庭から八坂神社まで蜘蛛が糸を引いているのを見て、朝廷にこのことを奏上した結果、助正の家が御旅所となったという。天文五年(一五三六)に騒乱のため焼失したが、その後に町の人々が小祠を建て、八坂大神を奉祀し、大政所町鎮護の社として毎年七月十六日を例祭日と定めたという。今でも神輿還御の時には神輿が立ち寄り、神職が拝礼する。京都市令和2年12月23日付で重要文化財指定。Piece card:Omandokoro OtabishoThis used to be the place where two of the three portable shrines, the Omandokoro (Susanoo no Mikoto) and the Hachioji (Yahashira Mikojin) portable shrines, were enshrined during the Gion Festival (a festival of Yasaka Shrine). there were.The remaining Shōshōi (Kushiinada Hime no Mikoto) mikoshi was transferred to the Shōshōi Otabisho in Takeyamachi, Karasuma. It was relocated and integrated into the current Otabisho.In the second year of Tenen (974), Sukemasa Hata, who lived in this area, received an oracle from Yasaka Okami in a dream, and also saw a spider pulling a thread from the garden of his home to Yasaka Shrine. It is said that Sukemasa's house became the Otabisho as a result of reporting this matter to the Imperial Court.It was destroyed by fire in 1536 (1536) due to a riot, but after that, the townspeople built a small shrine, enshrined Yasaka Okami, and became a shrine for the protection of Omandokoro-machi, and the annual festival day is July 16th. It is said that it was decided. Even now, when the portable shrine is returned, the portable shrine stops and the priest worships.Kyoto CityDesignated as an important cultural property on December 23, 2020.
20230304 1520ここ二ヶ月くらい、ずーっとブルーシートで覆われていましたが、気づくと外されてた屋根の葺替えやったんねピッカピカの銅で葺替えられてました今年の祇園祭に間に合った感じやね文月に開くんで、お詣りしまひょ。
大政所神輿の御旅所であったところ。現在でも神輿が立ち寄るとのこと。
#祇園祭 #神輿渡御 の歴史。御神霊を載せた三基の神輿、現在は祭の期間中、八坂神社四条御旅所 にとどまりますが、かつては #大政所御旅所(烏丸)少将井御旅所(丸太町)に渡御していました #ものづくりとことだまの国(2022年7月19日)
京都市の案内板によると、現在の四条寺町の御旅所に統合される以前に大政所神輿と八王子神輿の御旅所であった所。現在でも神輿が立ち寄るという。四条烏丸を下ったビル街に小さいながらも歴史ある祠がきちんと存続しているのが京都らしい。
もとは祇園祭の神輿渡御のさい、大政所と八王子の2基の神輿が安置されたという。秀吉により、現在の四条寺町南東に移設された。冠者殿社のとこですね。藤井大丸の東側。ここは現在、町内の鎮守社となっているようす。烏丸通を往来する観光客の皆さんは、この小さなお社が、そんな由来をお持ちとは気付かれていない感じ。
名前 |
八坂神社 大政所御旅所 |
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ジャンル |
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電話番号 |
075-561-6155 |
住所 |
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HP |
https://ja.kyoto.travel/tourism/single02.php?category_id=9&tourism_id=288 |
評価 |
4.1 |
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