心地よい参拝、成就の地。
日殷上人の墓の特徴
日殷上人のお墓は、正親町天皇の恩恵を受けた場所です。
夏でも心地よく手入れの行き届いた、静かで落ち着いた雰囲気です。
戦国時代から続く歴史的な存在で、法華経の布教が根付いています。
正親町天皇によって大僧正になった方で、此処に参拝すれば何でも成就するとまで言われたとか。享保10年(1725年)建立とありますので、300年前のお墓ということになります。(来年で丁度300年です!)周辺の広場も相当きれいに手入れをされていると思います。此処にくるまでの道とかそういうのはさておき、近くまで来たのであれば立ち寄ってみても良いのではないかと。
手入れもされていて、夏でも心地よい場所でした。
| 名前 |
日殷上人の墓 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
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日殷(にちいん)上人(1527~1590年)は戦国時代の大永7(1527)年に京都の地で生誕、幼少期から仏門に入り、長じて諸国の巡錫修行を続けながら法華経の布教と寺院の復興に努めました。戦国時代の天正年間(1573~1592年)初期に妙塔山妙満寺(京都)の第25世貫首(住職)に就任(道号・仏心院)、その後、天正11(1583)年9月10日には第106代・正親町(おおぎまち)天皇(1517~1593年)により大僧正に任じられ、同年12月に鳳凰山本漸寺(東金市)の第4世貫首に就任、天正18(1590)年5月30日に64歳で遷化されました。当地墓上に樹周3.75mの椨(タブ)の大木が自生、その樹下には江戸時代の享保10(1725)年の建立とされる供養碑が建碑されます。安土桃山時代の天保年間(1830~1845年)には、ここに参詣すれば何事も成就するとの民間信仰が起こり、露店や籠堂が建立されるほどの興隆だったとされ、『日殷上人の墓』として東金市の文化財(史跡)に指定されます。東西両方向にバリカーが設置されているため、クルマでのアプローチができませんが、西側バリカー前エリアに駐車させていただき、徒歩約70mです。