キリシタン弾圧の歴史を感じる。
「諸神諸仏諸菩薩」碑(切支丹供養塔)正徳二年の特徴
五郎丸村での歴史的事件が描かれた貴重な場所です。
寛文元年からのキリシタン弾圧について知ることができます。
愛知県犬山市にある正徳二年の碑は珍しい歴史的スポットです。
珍しい、キリシタン弾圧に関連した碑がある。
| 名前 |
「諸神諸仏諸菩薩」碑(切支丹供養塔)正徳二年 |
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| ジャンル |
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| HP |
https://apec.aichi-c.ed.jp/kyouka/shakai/kyouzai/2018/syakai/owari/owa0049.htm |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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寛文元年(1661)からの尾張藩によるキリシタン弾圧で、五郎丸村では7年間で124人が捕らえられ、100人が処刑された。当時の村の人口は205人で、半数の村人が殉教した。五郎丸にあった万願寺はキリシタン伝道所として活動しており、村人の多くが信者となっていた。正徳二年(1712)、庄屋の中村家六代藤兵衛がキリシタン慰霊のため、この供養碑を建てた。なお、七代藤兵衛も同じくキリシタン慰霊のため、五郎丸神明社に八十柱社と四十柱社を奉祀した。