田能村竹田の歴史散策。
旧竹田荘の特徴
田能村竹田の住居跡として国指定史跡になっている。
歴史民族資料館と連結し、展示が充実している。
昔の建物が丁寧に保存され、当時の雰囲気を体感できる。
大分県竹田市の竹田市歴史文化館・由学館を見学した後は、隣接の旧竹田荘(ちくでんそう)へ行って来ました♪奥のエレベーターから上がって行くとは驚きました。この竹田荘の母屋は、文人 田能村竹田の住まいだったもので、荒廃したものを昭和初期に再建されたものとのことです。さっそく靴を脱いで入り、階段で2階に上がると景色が良かったですね♪また室内には解説も充実していて、竹田と頼山陽、文人画・南画、竹田の旅の解説もありましたね。またその建物の隣に画聖堂があり、田能村竹田没後百年祭の祈念に建築が始まり、昭和13年(1938年)に竹田を祀る祭壇と茶室を備えたものが建築されたとのことでした。中に入ると祭壇があり、また年表や関連図、そして画もありました。
予備知識は何もなかったのですが、昔の竹田はすごい人がいたんだなと驚きました。
¥500ですが、岡城で買った共通券でお城も、ここも、由学館もこれました。お風呂も入れました。簡素なお家です。綺麗にしてあります。画家さんのお家です。
江戸時代後期を代表する南画家、田能村竹田の住居。復元、整備され、いかにも文人の住居らしいたたずまいを味わえます。説明版も多く展示されていて、田能村竹田の一生をわかりやすく知ることができます。竹田の町を一望する山の中腹にあり、下にある歴史文学館からエレベーターで上がることができます。
「竹田荘」は田能村竹田(たのむらちくでん)の住居跡で国指定史跡。竹田は江戸後期を代表する南画家で、岡藩お抱えの医師の家に生まれました。藩の儒医(儒学者で医者)ですから一応は武士ですが、家禄は12人扶持で江戸後期の下級武士の困窮を絵に描いたような生活だったでしょう。途中で医師を辞めて、学問と画技を磨くことに専念してますから、芸が身を助けたのかもしれません。竹田の作品は大分市美術館と出光美術館が大量にコレクションしています。質では大分、量では出光というところでしょうか。大分市美術館にも寄りたかったのですが、今回は時間がなくて断念。
古い建造物を綺麗に管理している。
恥ずかしながら、田能村竹田という風流な日本画家を知らなかった。江戸時代も終盤に差し掛かる頃、有名な学者の頼山陽や正義漢である大塩平八郎と親友であり、ここで桃源郷とも言うべき生活を送っておられた偉大な方だった。頼山陽はここへ泊まりがけで遊びに来て辺りを観光し、気に入った渓谷に名前を付けた。それが耶馬溪だという。係の人から教わった話である。竹田翁がここに居られなければ、耶馬溪の名前は生まれていなかったのかと思うと不思議な気持ちになり、ここで友の来訪を喜ぶ竹田翁の姿を見た気がした。
竹田歴史民族資料館が新しくなったと同時期に綺麗になりました。以前はただのボロ屋(失礼)で回りも草だらけ。エレベーターが出来てから、アクセスも良くなりましたが。雰囲気を楽しむなら、コケ蒸した石垣を観ながら歩くのをお勧めします中は悪く言えば昔の綺麗な民家ですが、手をいれたために今っぽさがあります。後は来てのお楽しみ。それっぽい坂道を降れば、竹田茶寮がありますが、そこまでは昔を感じられます。
歴史資料館と連結して見に行けますね無学なので田能村竹田さん初めて知りました国指定史跡の建物は当時を思わせる事が出来ますね2階真っ暗^_^;
| 名前 |
旧竹田荘 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0974-63-9699 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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2025GWに訪問。城下町パスポートでお得に観光できる。風が通り抜け気持ち良い家竹田さんの家。竹田市歴史文化館からエレベーターで歩い行ける。