吉田公園内、神武天皇像と共に。
豊城神社の特徴
鳥居の後ろには神武天皇像があり、一見の価値ありです。
奥に進むと弥健神社の石碑があり、歴史を感じられます。
吉田公園の中で静かにひっそりと佇む歴史的な場所です。
豊城神社(とよきじんじゃ)は、愛知県豊橋市東田町北蓮田26に位置する歴史的な神社です。この神社は、源頼政(みなもとのよりまさ)と松平信綱(まつだいらのぶつな)を祭神として祀っています。豊城神社の創建は明治時代以降、旧藩士が吉田城外に豊城神社を造り、源頼政を祀りました。その後、松平信綱をご祭神に迎え、大正8年に現在の地に遷座しました。源頼政は平安時代末期の武将・歌人であり、平氏政権下での源氏の長老として知られています。また、松平信綱は江戸時代前期の大名で、徳川家康の家臣・大河内久綱の長男です。境内には吉田藩剣道指南役であった森暁介の碑があります。
鳥居の後ろには神武天皇像がありました。
こちらには、狭いエリアにお宮さまの石柱がいくつかありますが、その中の一つになります。江戸時代に時の城主が、元々この地に祖先を祀るお社を建て、明治時代に奉遷されたご様子ですが、石柱は往時を偲ばせてくれています。
奥に進むとすぐに弥健神社の石碑があるので関連性や意味が分からず。そもそもここは何?の場所だが、元々吉田城二の丸にあたるこの地に鎮座していた神社を明治以降に南東に進んだ東田町に移したとされ、今は石碑だけがあると思って良さそう。藩祖とある様に吉田城に最後に入った大河内松平家の始祖である源頼政(本来の先祖はその孫顕綱)、さらには島原の乱の時には総指揮を執るなど一族の名を高めた松平信綱が御祭神。
💮吉田城の見学に伺った時に立ち寄らせていただきました❗
奥に神武天皇の銅像が有りました。
吉田公園の中でひっそりとたたずんでいる神社。拝殿は無く、神武天皇の像が立っている。神社敷地内の略記を読むと、明治期に立てられたようで、服装は古代史に出てくるものを参考とし、顔は明治天皇から復元しているそうである。戦争期にあり転々としたようで、ようやくこの地に落ち着いたと言うような事が書かれています。しかし、神武天皇の像自体が珍しいと思われるのでは、是非皆さんも一度ご覧下さい。明治期に作られたものの歴史と芸術として見るのも良しだと思います。
| 名前 |
豊城神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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社号標のみ2024年10月中旬、吉田城&吉田宿探訪の際に寄りました。彌健神社の近くに社号標はあるものの、社殿や鳥居は見つからず調べると1712年に松平信祝により吉田城二ノ丸内に建てられ、1885年に陸軍駐屯地となるために豊橋市東田町に移され、社号標のみしれっと残っているという感じです。