古き良き神功皇后の神社。
高見神社の特徴
高見神社は神功皇后伝説に由来する古い神社です。
武士の精神を感じさせる木製の大鳥居が印象的です。
高級住宅街に位置し、周辺は桜の名所としても知られています。
2020年に引っ越してきてから、崇敬神社にさせて頂いております。立派な鳥居や随神門、鎮守の森に囲まれた社殿など、荘厳な気持ちにさせてくれます。氏神神社の豊山八幡神社と併せて大好きな神社です!
お正月明けにお詣りさせて頂きました。
御十二柱の御祭神をお祀りされており、官営八幡製鐵所をお守りされる神様ですね😃高見地区は桜🌸の名所としても知られ近年は河川周辺も整備され、散歩されるにも適してますよね!
高見神社の歴史は古く1800年前の神功皇后伝説と関係します。建物は総檜で内務省(現在の総務省)が設計し、八幡製鐵所が工事を行いました。北九州市のほぼ中央にあるそうです。町中から少し入ると木々に囲まれた神社があり、駐車場も広く停めやすいです。
21/3/29 桜の写真を追加。21/1/7 参拝。八幡で知らぬ者は無いでしょう。八幡製鉄所を守護する神社です。今日はお礼参り。鳥居をくぐると駐車場、そこから綺麗に整備された参道の石段を登り社殿の門から先が境内です。壮大な木造建築の社殿は、国と製鉄所が威信を掛けて建設したのでしょう。祀られているのは根元神アメノミナカヌシを筆頭に造化3神や別天神・天孫神と総勢12柱が勢揃いです。元々は神功皇后ゆかりの神社で洞ノ海の小山だった高見山(現在の、ものづくり博物館辺り)で皇祖神へ戦勝祈願をした社。官営製鉄所建設の際、豊山八幡神社の麓へ移転。昭和8年に明仁上皇ご生誕u0026日本製鐵発足を気に、10年を掛け建設し現地へ移転したそうです。当時この辺りは製鉄所官営宿舎が建ち並んでいたのです。その象徴であったでしょう。製鉄所だけでなく関連企業の多くが参詣する鉄の街の鎮守の社。今朝も雪の舞う中、製鉄関連企業の社員が初詣と安全祈願をされていました。
落ち着いた気持ちになります❗
北九州の近隣はもとより遠方の人々からも親しまれる髙見神社は、古くは神話の時代に神功皇后さまによってまつられた神社です。神功皇后さまが新羅・百済・高麗に守護軍を派遣した際に、戦勝祈願のため洞海湾の小山、大字尾倉字高見(現 東田)の地に天神(あまつかみ)皇祖神十二柱をおまつりしたのが髙見神社の始まりと伝えられています。
北九州の高級住宅街の一角にある歴史ある古いお社です。此方の神社も神功皇后伝説による一社です。此方の神社の特徴は主祭神の数の多さと名建築と言われる社殿(後述)にあります。旧社格は無格社(※注・無格社とは格が無いのではなく「無格社」という格を持つお社を指します)。創建は正史で確認は出来ませんが約1800年以上前の神功皇后三韓征伐の時に遡ります。神功皇后は岡県主熊鰐(旧遠賀郡の領主)により、山口県豊浦から北九州市洞海湾の高見という所まで導かれました。日本から出征する際(199~200年?)に、近くの帆柱山から船の材料を切り出し、船団を整えました。自ら乗る船には神が憑依する神籬を立てて、三種の神器と言われる宝物を捧げて十二柱の御祭神をお祀りし、戦勝祈願を祈りました。この十二柱の神が高見神社の主祭神となります。天之御中主神、高御産巣日神、神産巣日神、可美葦芽彦遅神、天之常立神、国之常立神、豐雲野神、天照大御神、天忍穂耳命、皇孫瓊々杵命、彦穂々手見命、鵜草葺不合命です。この十二柱の神様を祀ったのが高見神社の始まりと言われています。神社は熊鰐の子孫によって代々祀られて来ました。伝説にある高見神社の場所は現在では東田地区(北九州市八幡東区)といわれ、世界遺産のある「旧官営八幡製鐵所本事務所」の辺りだそうです。高見神社大神宮御縁起によると天正14年(1584年)、豊臣秀吉の九州平定の際に小早川隆景が「高見大神宮」として武運を祈ったとされています。直ぐ近くの到津八幡神社が九州平定の際に荒廃したのと対照的ですね。これも歴史の成せる明暗でしょう。また文久2年(1862年)に奉納された鳥居にも「高見大神宮」と記されています。この時代に東尾倉地区に祀られていた若宮社が高見神社に遷座しました。明治29年(1896年)、官営八幡製鐵所建設計画で高見神社は製鐵所用地になった為、明治31年(1898年)から37年間、近くの豊山八幡神社の宮前に遷座しました。同年大字大蔵字河内地区に祀られていた「歳守社」が八幡製鐵所貯水池(現河内貯水池)造成の為、高見神社に遷座しました。昭和8年(1933年)、現在の上皇陛下御誕生と日本製鐵株式会社の創立をきっかけに八幡製鐵所は現在の高見神社の造営をしました。周辺はかつては八幡製鐵所の高級官舎が立ち並んでいた場所です。この時から八幡製鐵所と安全祈願の守護神「高見神社」の始りでした。昭和24年(1949年)5月18日、昭和天皇の九州巡幸に於いて、福岡県下の旧官幣大社と言われる神社と共に、御幣帛を賜りました。先に述べた名建築と言われる社殿は、昭和10年(1935年)から昭和18年(1943年)迄の8年もの歳月を掛けて造営されたものです。戦中で各種資材が不足している時期に造営が進められた事は、戦前の国家神道への傾倒が色濃くあったのだろうと想像します。設計は内務省神社局の技師、角南隆によるものです。神社局設計の神社で有名なのは静岡県三島市の三島大社が挙げられます。神社局が「内務省」にあったという事で時代背景が解ります。工事は八幡製鐵所が請け負いました。これも時代ですね。本殿含む社殿は総檜の流造となっています。境内は幅の広い石段を上った所にあります。神門から翼を広げた様に優美な回廊を設けています。境内内には神楽殿や祭社、渡殿等、見所が沢山です。天の真名井と呼ばれる御神水も湧き出ていました。御朱印(¥500-)は書き置きで10種類程度ありました。駐車場も広く止めやすいです。また機会を見付けて御詣りしたいと思います。2021.03.18
とても落ちつく神社でした。御朱印もいただけます。又、行きたいです。
名前 |
高見神社 |
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ジャンル |
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電話番号 |
093-651-5108 |
住所 |
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HP | |
評価 |
4.2 |
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北九州の神社の中でも神氣ある神社さん。駐車場あり、社務所にで御朱印いただけます。御朱印は書き置きで数種類あります。