歴史好き必見!
笠置城跡の特徴
展望が抜群で、巨石が点在する天然の要害です。
笠置城跡は後醍醐天皇も戦った歴史的な場所です。
確認できる遺構は主郭と二ノ丸の削平地のみです。
展望がよく、巨石だらけ天然の要害といえる山城とはいえ、確認できる城の遺構は主郭と二ノ丸の削平地くらいです。2025年4月から拝観料が300円から500円になるそうです。
歴史好きから見て、古戦場のある町というのは宝の山です。笠置山は仏教寺院ですが、後醍醐天皇を山上に迎えた1331年の1ヶ月間だけ、難攻不落の都城「笠置山城」に変わりました。最後は落城し、寺の貴重な文化財の多くが失われてしまいましたが、歴史上無名の人物達が、日本全国から集まった20倍を越える武士とここで1ヶ月戦った痕跡を今も感じることができます。また、後醍醐天皇方の兵力の大多数が笠置の僧兵と無名の京都最南部(旧相楽郡、綴喜郡、久世郡)の半分庶民の郷士たちで、落石や倒木を使ったり地元特産の竹の皮を敷き詰めて敵の行く手を阻むなどここで泥臭いゲリラ戦を展開しています。多分、当時の南山城の人間にしてみたら「帝が京都と奈良を追い出されて笠置に来た。ここがまた都や。」という気持ちでしょうね。恭仁京廃都から約500年、笠置山の戦いでこの京都最南端の地域は再び天皇を掲げることになりました。後醍醐天皇が最後に南山城の地をあてにしたのも、都と南山城の不思議な縁でしょう。なお、笠置山には城郭の跡が残っていますが、これらは笠置山の戦いのものでなく、戦国時代の木沢氏のものと言われています。
笠置城跡(国指定史跡笠置山)笠置城は鎌倉幕府打倒を企てた元弘の変で後醍醐天皇が笠置寺に入って幕府軍と戦った場所です。標高288mの笠置山に築かれましたが、元々が1300年の歴史ある笠置寺でした。現在は山頂に行在所(あんざいしょ)遺址ありここが本丸とされます。その北側には二の丸と呼ばれる場所があり眺望が開けていますが、これといった城郭遺構は消滅しています。昭和7年(1932年)「笠置山」として国の史跡名勝として指定されました。【歴史】笠置山の戦いは鎌倉時代後期の元弘元年(1331年)に鎌倉幕府打倒を企てる後醍醐天皇側と、鎌倉幕府側との間で行われた戦いである。【アクセス】山頂近くまで車で行けます。有料駐車場500円があり笠置寺は参拝料300円が必要です。#お城 #城 #城跡 #山城 #京都府#京都府の城 #笠置町 #笠置山#笠置寺 #笠置城 #笠置城跡#笠置山城。
『太平記』では欠く事の出来ない重要な城なのですが、『笠置山の戦い』において、後醍醐天皇勢が善戦と言うものの、幕府軍もそれ程本気も出さずダラダラ戦ってた感があり、陥落までの経緯もあって何が何でも行こうとは思わず、未だに行く気が起こりません。一度は訪れて置きたいですがね。
| 名前 |
笠置城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
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一見の価値がありです。重機のなどのない時代に、物凄い城郭を造成しています。城としての立地も希有な存在です。城跡としても凄いですが、四季折々の表情と空気感を楽しめる貴重な場所です。岩の雄大さは、哲学的でもあります。