満開の花びらと歴史の城。
菊池本城本丸跡(隈府城跡)の特徴
満開の花びらが楽しめる、隈府城跡の美しいスポットです。
駐車は菊地神社の駐車場が便利でアクセスが良いです。
他の投稿された写真は鞠智城の誤りに注意が必要です。
南北朝時代、菊池氏が本城を菊之池城からここに移したとされます。守山城・隈府城等別称が沢山ありますが、その中に「隈部城」というのがあり、元々、菊池氏の重臣であった隈部氏の持ち城であったものを菊池氏が本城にしたのではないか?という説もあります。菊池氏没落後に隈部親永がこの城に固執したのも頷けるかもしれません。城は菊池神社になって遺構はありません。本殿の北側の高いところに「菊池本城本丸跡」の石碑があります。山頂部に遺構はほぼありませんが、北側を巡って駐車場に降りる車道の北側下に大きな空堀と土塁が巡っています。木竹によりうまく写真には写りませんが、とても素晴らしい遺構です。戦国末期まで利用されていた証左でしょうか。
花びらは散ってなくって、満開です。
駐車場は菊地神社の駐車場に車を駐車します。なお、本丸跡の石碑の場所については、分かりにくいですが、菊地神社内の歴史館入口への階段を登りきった先にあります。また、遺構は空堀あり、場所は菊地神社駐車場に向かう途中の道路の東側の竹やぶの中に空堀があります。
他の方が掲載されている写真は、「鞠智城」の誤りです。また、他に南に「隈府城」のポイントがありますが、同じ城郭です。さて、菊池一族の本城とされますが、元々本拠としていたのは菊池川沿いの深川館(菊ノ城、菊池館城、菊池陣城)でした。しかし深川館は何度も陥落したので、建武年間からここが詰めの城として機能していたようです。ここに本拠を移したのは菊池武政期との説があります。遺構としては、神社の北側に空堀が残ります。
| 名前 |
菊池本城本丸跡(隈府城跡) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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菊池城は、南北朝時代に菊池武政によって築城されたお城です。菊池城は、別名隈府城、守山城、雲上城とも呼ばれていたようです。現在は菊池公園となっており、本丸跡は菊池神社が建てられており、本丸跡の石碑があるのみです。菊池氏は、南北朝は南朝の有力な武士で後には肥後の守護職にもついていました。戦国時代になると、菊池氏は内紛を繰り返し衰退します。その後この城は、菊池三家老の一人赤星親家が城主となりますが、同じ三家老の一人隈部親永に奪われます。秀吉の九州遠征後、菊池城は破却されます。