玉垂命神社で感じる素朴なご縁。
長浜玉垂命神社の特徴
手入れの行き届いた素朴な神社で大事な時に参拝する場所です。
熊本県水上村の猫寺とご縁があり、特別な思いを持って訪れる方が多いです。
九州王朝の証として八百万の神々が祀られている神聖な空間です。
感じ入ります🙏
県道793号を高速に向けて長浜交差点過ぎ左側に神社は鎮座している。鳥居を抜けると石燈篭、両開きの門、石燈篭、3対の狛犬、御社となっている。本殿の後ろは樹木群である。
手入れの行き届いた神社です!
手水も無いし、がらんとしてますが、大事な時は必ず参拝してます。まさに神頼み。
筑後市長浜にある『玉垂命神社』場所は県道793号線(旧道442)沿い、八女インター入口の交差点から車で2分、長浜交差点のいはら皮ふ科の真向かいです。実はこの玉垂命神社、春は桜の「花見スポット」で、秋はイチョウが綺麗な「紅葉スポット」と、四季を感じれる神社なのです。鳥居の前の大きな桜が綺麗です。楼門を潜ると参道が広がり石塔に狛犬が勢揃いです。最初の狛犬には、盗難防止の為か柵がしてあり珍しい陶器の狛犬でした。新しく塗り替えられた拝殿です。玉垂命神社は筑後市には筑後市島田と筑後市井田に2社、下久富と長浜を合わせれば5社あります。御祭神の玉垂命(たまたれのみこと)と言えば、久留米市にある筑後国一宮・高良大社(高良玉垂命神社)が有名ですね。長浜の玉垂命神社の歴史を調べれば昔、鋳物師(いもじ)を営む平井宇太と言う人物がいました。※鋳物師とは鍋や釜、梵鐘などを作る職人と言われてます。1587年豊臣秀吉が島津征伐のため、軍を進めていましたが、矢部川が増水で渡れないところ、平井宇太は御休所を設けて秀吉にお茶を差し上げたところ、褒美に「鋳物師司」を授かり1644年に玉垂命を分霊を請い玉垂命神社を建立したとされてます。筑後市の5社ある玉垂命神社の内の1社です。
所用で筑後市に行った際、熊本県水上村の猫寺に祀られている猫の名前が玉垂だったのでなにかご縁があるのかと参拝に訪れました。猫さんではなく狛犬さん狛犬さん狛犬さんでした。そして本殿の裏にまわってみるとぱおんが。だぶんぱおんです。あ、うんなのかな?通り沿いですが静かな空間でした。
行ってもおみくじはありません。
手水が出ない、素朴な神社でした。狛犬、狛犬、狛犬、狛犬、狛犬、狛犬な感じです!
九州王朝の証・玉垂命八百万の神々はここにあり。
| 名前 |
長浜玉垂命神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.4 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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長浜玉垂命神社は、八女ICの西800mほどの福岡県筑後市長浜(旧 八女郡岡山村大字長浜字鎧)に鎮座している神社です。旧社格は村社です。由緒は不詳です。鳥居は、明治31年(1898年)の建立です。陶器製の狛犬は、明治31年(1898年)の建立です。石製の狛犬は、文久2年(1862年)・文政11年(1828年)の建立です。境内社の八幡宮は、鋳物師の平井家から勧請され正保元年(1644年)建立されました。神社のある「長浜(ながはま)」という地名は、かつてあった筑後久留米藩の上妻郡(かみつまぐん)長浜村に由来します。明治22年(1889年)長浜村・今福村・前津村・室岡村・亀甲村・蒲原村・立野村・前古賀村・鵜池村が合併して、岡山村が発足しました。明治29年(1896年)八女郡(やめぐん)岡山村となりました。昭和29年(1954年)岡山村の一部(前津・長浜)・羽犬塚町・水田村・古川村が合併して、筑後市が発足しました。玉垂命神社(たまたれのみことじんじゃ:玉垂神社・高良神社・坂本神社)は、主に福岡県筑後地方を中心に鎮座する神社で、その多くが仁徳天皇55年(367年)の創建で履中天皇元年(400年)に社殿を建立された筑後国一宮である「高良大社(久留米市)」を総本社としています。高良山の伝説では、もともと鎮座していた高皇産巣日神から「一夜の宿」として山を借り、そのまま鎮座したというユニークな言い伝えがあります。主祭神の「高良玉垂命」は、記紀(古事記・日本書紀)には登場しない謎の多い神とされています。 神功皇后の側近であった「武内宿禰(たけうちのすくね)」や、海人族の祖神である「阿曇磯良(あずみのいそら)」とする説、あるいは「月神」とする説など諸説あり、古くから議論の対象となっています。