大正から続く水の恵み。
中野昇君之碑の特徴
大正2年に水道事業が行われた歴史を感じる場所です。
中野昇君之碑は、東京市の重要な史跡として名を馳せています。
多摩湖の近くに位置し、静かな散策に最適なスポットです。
「大正2年、東京市は水道事業の拡張を行った。その時に工学士中野昇氏が担当技師に任命され、工学博士中島鋭治氏の指導のもと、その業務にあたった。特に至難とされた村山貯水池の工事においては一所懸命に力を尽くして労苦し、大正14年7月4日病に倒れ亡くなられた。後の時代に村山貯水池を見る人は、その事業がどのようになされたかを考え、その人のことを忘れてはならない。」と説明が有ります。
東京都内に住み、仕事をし、例えば、生活や仕事上のことで水道を使うとき、この貯水池からの水が都民のもとに届いている。でも、そういうことに思いを馳せることはないだろう。誰もこんなところに水源があり、それを命懸けで作った人がいて、その後も、水道設備を維持管理し続けている人々がいる、そんなことは誰も知らない。意識してない。何も思うことなく水道を使うことができる。それが普通、いや、普通、とも思わない。…でも、ここに来て、この石碑の前に立ち、碑文の前に、5分、居て、碑文を読んでほしい。誰かのためになること。それが貴いことだと気づかされる。誰かのためになろう、見知らぬあの人のためになろう、と思えるようになる。
| 名前 |
中野昇君之碑 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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こういう人がいたんだなぁ、と。