赤と黒のモザイク模様、古墳探訪!
大坊古墳の特徴
熊本の装飾古墳群に位置する歴史的な縄文期の古墳です。
赤と黒のモザイク模様は、訪れる人々を魅了します。
草刈りなど手入れが行き届いており、清潔感があります。
こちらもウィキペディアにのる国史跡の立派な古墳でした。中に入れる年2回の一般公開日に行きたくなりました。以下引用させて頂きました。大坊古墳(だいぼうこふん)種別国指定史跡員数1基指定年月日昭和52年2月17日所在地玉名市玉名2818-5 他所有者個人他内容・特徴大坊古墳は、今から約1450年前(6世紀前半から中頃)に造られた古墳です。菊池川右岸の玉名平野をのぞむ丘陵の先端に位置しており、測量図などから長さ40メートルを超える程度の前方後円墳と考えられています。後円部には、南に開口する横穴式石室が設けられています。石室内部は、手前に前室、その奥に玄室(奥室)があり、複室とよばれる構造です。石室内は赤・黒・青(灰色)などの顔料で描かれた、連続三角文・円文で飾られています。玄室には、遺体を安置する石屋形が設けられており、見事な装飾が良好な状態で残っています。石室内などからは、土器類のほか、金製の垂飾付耳飾りや、水晶製勾玉をはじめ玉類などの装身具、鞍金具や鐙(あぶみ)、杏葉(ぎょうよう)などの馬具、直刀や鉾などの武器が出土しており、一部が玉名市立歴史博物館「こころピア」に展示してあります。大坊古墳の最大の特徴は、石室内部に彩色による装飾が施されている装飾古墳であることです。大正6年に京都帝国大学による調査が行われ、報告書が刊行されたことから、広く知られるようになりました。昭和38年の調査では、石室内にたまった土砂を取り除き、さらに装飾が明らかになりました。昭和52年には国指定史跡となり、貴重な装飾を守り、活用するため、保存整備工事が行われました。装飾古墳は、急激な温度・湿度の変化が大敵です。また、光が当たることも極力さける必要があります。このため日頃は密閉しており、年に2回(10月・3月)一般公開を行っています。装飾古墳とは、石室や石棺などに、彩色や浮彫り、線刻などの方法で文様が描かれているものをいいます。全国で現在600基ほどの装飾古墳がみつかっていますが、そのほとんどが福岡県と熊本県に集中しています。特に菊池川流域は多くの装飾古墳がみられ、その中でも大坊古墳の周辺は、永安寺東古墳・永安寺西古墳など、優れた装飾古墳が集中している地域です。また玉名市内では、大坊古墳の北西約2キロメートルに位置する石貫穴観音横穴や石貫ナギノ横穴群などでも、見事な装飾をみることができます。
熊本県春の装飾古墳公開日に訪問しました!装飾がはっきり見えて感動でした。
石室内部を公開していると聞き訪問する。石室の一番奥の壁に幾何学模様(鋸刃模様?)の装飾が鮮やかに残る。後世に残したい遺産です。
外様の退屈男、肥後玉名潜入記⁉️古墳同好会☺️玉名温泉近くの装飾古墳、前方後円墳の大坊古墳に参拝す。立派な装飾古墳で国の史跡でした‼️ここも麓の神社とセットでした。今は八幡宮ですが、最初はこの古墳の被葬者が神と祭られていたのでしょう。古墳にコーフン☺️
国指定史跡の装飾古墳。日本遺産構成文化財にもなっています。普段は石室内に入れませんが、一般公開の際はガイド付きで中が見られます。
2018年3月の内部公開に行きました。前室などが残っており、狭いドアを開けて窓ガラス越しに遠くの装飾を見れました。古墳の階段でなく、右の坂を少し登って古墳の上に行けば、前方後円墳である事が分かります。滑りやすく、柵なども無いので、雨の後などは止めた方がいいでしょう。「ここで遊ぶな」の看板あり。
熊本の装飾古墳群の中でも、赤と黒のモザイク模様が特徴的な縄文期の古墳。保存のため日頃は密閉されてて、年に2回(10月・3月)に一般公開しているそうです。
Hide -そこは多分、江田船山古墳だと思われます。
草刈りなど綺麗にされている。古代の風景がタイムスリップしてくるような感覚は、あたかも自分がもしかしたらその時代にここに居たのかなと思わせます。周りには御食事処があったり色んな工房があり楽しめます。すぐ隣には道の駅菊水ロマン館があります。
| 名前 |
大坊古墳 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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大坊古墳(だいぼうこふん)装飾を保存するため、保護施設があり常時公開はしていない。11月と3月に開催される「装飾古墳一斉公開」で内部の見学ができる。公開日などは玉名市HPに掲載されるので要確認。6世紀前半~中頃に築造された前方後円墳。石室内に連続三角文や円文が描かれている。金製の垂飾付耳飾りや馬具、武具が出土していて、その一部が玉名市立歴史博物館で展示してある。国指定史跡であるとともに、装飾古墳として菊池川流域日本遺産の構成文化財のひとつになっている。