高瀬眼鏡橋で感じる歴史の美。
高瀬目鏡橋の特徴
嘉永元年に架けられた美しい二連アーチの石橋です。
残された保存状態から歴史的価値の高さが感じられます。
菖蒲の時期は特に見応えのあるシンメトリーな風景を楽しめます。
高瀬眼鏡橋:水運の歴史を物語る美しい石橋高瀬眼鏡橋は、熊本県玉名市高瀬に位置する、嘉永元年(1848年)に架けられた美しい石造りの二連アーチ橋です。全長約19m、幅約4m、アーチの径は約6.7mで、その優雅な姿は熊本県の指定重要文化財にもなっています。この橋は、江戸時代に米をはじめとする農産物の集散地として栄えた高瀬町の玄関口に位置し、当時の高瀬町奉行である高瀬寿平らによって築造されたと言われています。石工は名匠・橋本勘五郎が手掛けたとも伝えられており、技術的にも貴重な土木遺産です。高瀬眼鏡橋が架かる「高瀬裏川」は、菊池川に平行して掘削された人工の運河であり、高瀬商人が個人の商品を搬入するために利用していました。この裏川沿いには、今も当時の面影を残す石垣や商家が軒を連ね、高瀬眼鏡橋と共に、港町・商家の繁栄を現代に伝えています。特に、5月下旬から6月上旬にかけては、約700mにわたって花しょうぶが咲き誇り、「高瀬裏川水際緑地公園」として多くの人々を魅了しています。玉名市の歴史:水運で栄えた高瀬の地玉名市、特に高瀬地区は、古くから水運の要衝として栄えてきました。* 中世から近世の繁栄: 中世には「高瀬津」と呼ばれ、有明海沿岸の川港として唐船も出入りするほどの賑わいを見せていました。南北朝時代には豪族である菊池氏の勢力下にあり、重要な拠点でした。江戸時代に入ると、高瀬は熊本藩の主要な五カ町(熊本町、川尻町、高橋町、八代町、高瀬町)の一つに数えられ、菊池川水系の諸郡で生産される「肥後米」の集散地として大いに繁栄しました。熊本藩の米蔵が置かれ、高瀬港は米の積み出し港として、大阪の米相場の基準になるほどでした。* 歴史的建造物と史跡: 高瀬地区には、高瀬眼鏡橋の他にも、その歴史を物語る多くの建造物や史跡が残されています。* 秋丸眼鏡橋: 高瀬眼鏡橋よりも古い天保3年(1832年)に架けられた石橋で、河川改修に伴い移築されました。* 高瀬船着場跡: 当時の水運の面影を残す石造りの船着場です。* 酢屋橋・小崎橋: 裏川には、運搬に工夫が凝らされたユニークな形の石橋も残っています。酢屋橋は中央をくり抜いてあり、重い荷物を運ぶ際に足を踏ん張りやすくする工夫がされています。* 熊本藩高瀬米蔵跡: 国史跡に指定されており、高瀬の経済的な重要性を物語っています。* 西南戦争との関わり: 西南戦争時には、官軍総督有栖川織仁親王が高瀬の茶室「菖蒲庵」に泊まったという逸話も残されています。このように、玉名市、特に高瀬地区は、水運の歴史が色濃く残る魅力的な地域であり、高瀬眼鏡橋はその歴史を今に伝える重要なシンボルとなっています。
県の指定重要文化財に指定されている「高瀬眼鏡橋」アーチ状のフォルムも美しく、重厚感のある佇まいに、長い歴史が感じられました。川沿いに植えられた花しょうぶも、きれいに咲き誇り、見応えがありました。
嘉永元(1848)年、町奉行・高瀬寿平が架橋した2連アーチの石橋で熊本県の文化財。上流側には石積みの水切りが設けられ、川の増水には備えているが、高瀬の玄関口と謳う割に擬宝珠などの装飾はなく地味。ギリギリの予算で架けたのだろう。橋の側には六地蔵さんもいらっしゃる。
県道を走りながら気になっていたので、散歩がてら行ってきました。歴史あるところのようで、小春日和の散策にはもってこいの場所でした。川上の行き当たりには、米蔵を改造したギャラリーがあり、今日は学生の作品が展示してありました。芸術は難しい! でも、自分の感性にふれるものはあった感じ! かな?短すぎたけど、良かったですね。
某有名な眼鏡橋よりいいぞ!(個人的な感想)
検索して、カーナビに使って目的地に着くとガソリンスタンドだった。駐車場は違う場所だった。わざわざ高速道路で大津から行ったが、正直30分以上かけていくほどのものでもない。石で橋をつくる建築技法は素晴らしかった。
玉名拉麺千龍で食べたあとに偶然こちらの高瀬目鏡橋を見かけることができました。玉名に来る前に鹿児島の方で立派な石橋を見かけたのですが、こちらの石橋も立派ですね。さらにすぐ近くにも石橋があり、とても趣のある河川と感じました。
1850年頃当時は、日本一の石工が、大分県宮崎県と熊本県にいたと聞いていますが、こちらの石積みの正確な積み上げ方を見ると熊本城を思い出します。当時の技術は、素晴らしいですね!
保存状態もよく一度は見学に行くと良いかと。高瀬町の歴史を感じます。
| 名前 |
高瀬目鏡橋 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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川を利用した荷物の運搬に関して、歴史のある場所だと感じました。人間の知恵が詰め込まれていると思います。車で通行することはできませんが、人が入って下に降りたり、散策するにはよい場所です。川沿いを長く散歩することができます。トイレも完備しています。