大隈重信の肉声、歴史を感じる場。
大隈重信 記念館の特徴
大隈重信の生い立ちや信念を学べる貴重なスポットです。
隣接する生家では大隈重信の肉声や資料も体験できます。
明治維新から大正デモクラシーまでの歴史が楽しめます。
佐賀旅行の最後に、40分弱で鑑賞しました。生家を先に、チラッと眺めて、記念館の方へ。居間の一角に、動画で、トピックを見られるコーナーがあり、そこで3本の動画を鑑賞。いろいろ知識が得られました。1階の展示品ゾーンでは、義足の展示や、ご本人の演説の放送が流れていました。2階は、早稲田の関係とか、鉄道の関係の展示。日本初の鉄道敷設に、大隈さんが関係しているのは、今回、初めて知りました。小振りですが、行く価値あり、でした。
大隈祭に行ってみました。早稲田関係の方々が沢山いらっしゃるなかで、学生達のブラバンや応援団の楽しい催し物を見ることが出来ました。この日は、観覧料が無料大隈重信公の歴史が良くわかりました。佐賀駅から博物館までの道のりではお堀や武家屋敷の景色が見れて江戸時代にタイムスリップ出来ます。
佐賀市にある大隈重信記念館に行ってきました。正直あまり詳しく知らずに行ったんですが、展示が分かりやすくて、大隈重信がどんな人生を歩んできたのかイメージしやすかったです。隣にある生家も見学できて、「ここで生まれ育ったんだな」と思うと一気に身近に感じました。派手さはないけど、じっくり見れて落ち着いた雰囲気も良かったです。歴史に詳しくなくても普通に楽しめる場所でした。なんだかちょっと感動しました。ちなみにポケモンGOをする方は「ポケふた」の場所にもなってます^_^
大隈重信は佐賀藩の砲術家の子として生まれ藩校弘道館で学んだのち鍋島直正の先進的な影響を受けて長崎で英学を修め幕末の動乱期には尊王攘夷派として活動しました!明治維新後はその卓越した理財の才を認められて新政府の参与となり日本初の鉄道建設や通貨単位の「円」の導入、地租改正といった近代国家の基盤となる経済政策を次々と断行しました!明治十四年の政変によって伊藤博文らと対立し政府を去りますが直ちに立憲改進党を結成して政党政治の先駆けとなり同時に東京専門学校、現在の早稲田大学を創設して次代を担う人材育成に心血を注ぎました!その後は外務大臣として不平等条約の改正交渉に奔走し爆弾テロにより右脚を失う苦難を経験しながらも二度にわたり内閣総理大臣を務めて憲政の発展と日本外交の地位向上に尽力しました!
大隈重信の現存する旧宅や展示館があります。旧宅は普段一階しか入れませんが、毎月5日は大隈の勉強部屋の2階に上がれます。勉強部屋の柱に頭をぶつけるのがお約束だそうです。記念館は正面から見ると大隈重信の顔になっているそうです。
大隈重信の演説時の肉声が聞けます。また、暴漢に襲われ使用した本物の義足も見学できます。大隈重信の功績を是非学ぶ機会にしてください。
大隈重信の生い立ち、信念義足だったこと声生家を見られます。JAF使えたと思います。駐車場あります。なんか明日からも頑張ろうかと思えました。早稲田グッズもあるので早大生には聖地です。
早稲田大学創設者にして第8代内閣総理大臣を務めた大隈重信の記念館です。入館料は大人¥3302階建てで1階は常設展示、2階は常設展示と企画展示室があり、大隈重信の事績が貴重な資料と共にパネル展示されています。印象的だったのは建物が大隈重信自身を表しているということでした。形は早稲田の角帽、正面左手のみに空いている穴は、爆弾により失った右脚を表しているそうです。
大隈重信の生家(佐賀藩内の数少ない武家屋敷遺構)と資料館がセットになっています。JAF割引有。大隈重信の肉声を聞けたり、義足が見られたり、政策では賛否両論のある大隈重信の業績を学ぶ事ができます。資料館の内部もけっこう凝った作りになっています。駐車場は資料館前にありますが、前の道路が一方通行で、東からしか入れないのでご注意を。
| 名前 |
大隈重信 記念館 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0952-23-2891 |
| 営業時間 |
[火水木金土日] 9:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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大隈重信が佐賀出身だとは知ってましが、記念館があるとは知らなかったので、今回初めて訪問させて頂きました。入館料(大人330円)駐車場(無料)でした。早稲田大学創設者である事は、勿論知っていましたが…それ以外にも、鉄道建設を強く勧め…東京横浜間の日本初の鉄道にも関わった事や、右脚が義足(暴漢に襲われた)だった事は勉強不足で…全く知らなかったです。佐賀の武士道的な考えよりも、これからは、国際的な交流が必要で…その一つとして…鉄道開発や、学校設立につながったのかもしれません。江藤新平もですが、佐賀には日本の将来を考え行動した人が居たんだと改めて教えてもらえました。