唐津の名所、近松門左衛門の庭。
近松寺の特徴
心癒される空間と歴史を感じる近松寺の庭園が立派です。
春には美しい牡丹の花や見事な桜が楽しめます。
近松門左衛門の遺髪塚や小笠原記念館が境内にあります。
和尚様の対応は良いし心癒される空間歴史を感じる。
きんしょうじと読みます。(笑)新選組と共に箱館戦争まで行き、生き延びて唐津に帰還、唐津藩士の小笠原伴之介もここに眠ってます。(小笠原菩提寺にて)旧名護屋城中門移築!近松門左衛門(浄瑠璃)ゆかりの寺、門左衛門頭髪塚あり。(門左衛門の意思にてここに、ここで小坊主だったらしい)元唐津藩主の菩提寺でもあります。駐車場無料、拝観無料。
2023/8/5来訪。近松寺公式ホームページより紹介します。山名:瑞鳳山(ずいほうざん)、宗派:臨済宗、南禅寺派寺の創建は寺伝によれば、後二條天皇の乾元元年(1302)と伝えられています。降って天文年間(1532~1554)、岸嶽城主波多三河守親は博多聖福寺の僧湖心碩鼎(こしんせきてい)の高徳を慕い、満島山(現在の唐津城内)に近松寺を再建し開祖として迎えたと伝えられています。この寺は、天正2年(1574)に兵火に遭い、焼失しました。
庭園は、良く手入れされていて立派なものです。休憩用のベンチでもあればいいなと思いました。隣の資料館には、東郷平八郎や山本五十六の書が展示してあります。入場料や駐車場料は、一切ありませんでした。
お庭が凄く素敵でした。
唐津の隠れた名所です。「曾根崎心中」、「心中天網島」などの作品で有名な近松門左衛門の墓所があるお寺。近松門左衛門は、福井藩士の子で京都に移住して公家に仕えたこともあるとされますが、唐津市にあるこのお寺の小僧をしていたという説に説得力があります。第一、お寺の名前からしてそうですし、そうでなければここにお墓が分祀される理由がありません。本人は唐津出身であることを隠していて、一方「近松」を名乗り、わかる人にはわかるようにしていた。このお寺が藩主寺澤家及び小笠原家の菩提寺であり、また織部灯籠があるなどキリシタンの香りもあることから、それらが一体となって何か背景があるとも考えられ、今後の研究が待たれます。調べてみると、長州の近松寺(こちらは「コンショウジ」と呼ぶそうです)も同じく門左衛門の出身を主張しているそう。さて、どちらが正しいのか。お寺としては閑静な広い敷地で、ゆったりと回れます。駐車スペースもあります。浄瑠璃愛好者だけでなく、広く歴史愛好者に行っていただきたい場所です。
新撰組の興味のある方、もし唐津市を訪れる事があるなら、是非立ち寄って頂きたいです。唐津藩悲劇のプリンス、小笠原伴之助様のお墓が、同じく唐津藩士で共に新撰組に参加し付き添い、最後まで闘った方々のお墓と共にあります。お寺の西側で、先祖の方々とも同じエリアです。遠く、北海道函館(箱館)まで赴き、亡くなった方、生き延びて再び唐津の地に戻って来れた方。本当に波乱に満ちた生涯だった事、懸命に生きて来られた事に、改めて尊崇の念を抱く次第です。この様に今も残して供養して頂けている事に、感謝申し上げたいと思います。※函館近郊の七飯にある宝琳寺にあったお墓を、明治6年にこちらに納骨されたのが有力視されています。
お庭が素敵です。初めて行った時は雨でゆっくり見られなかったけれど、二回目は天気に恵まれて一時間ほど滞在しました。石のベンチに腰掛けて、ぼーっとしている時間は贅沢!
日本庭園が本当に綺麗です。車の往来がかなり多い街中なので初めて訪れる方は少し大変かも知れません。
| 名前 |
近松寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0955-72-3597 |
| HP | |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
|
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近松寺(きんしょうじ)さんに年末のお参りと、ちょっと早いですがお正月のお飾りを持って行ってきました。唐津藩藩主寺澤家、松平家、小笠原家の菩提寺である近松寺、唐津市の史跡にも指定されています。山門は秀吉の朝鮮出兵の拠点となった名護屋城から移築されたもので、綺麗にされている庭園には浄瑠璃で有名な近松門左衛門の墓や織部燈籠(キリシタン燈籠)など、見どころがいっぱいのお寺です。唐津駅からも近いですし、駐車場も整備されて広くなっています。是非、お参りにみえられてください。