生野の難波寺、桜と歴史を感じる。
難波寺の特徴
736年に建立された歴史ある難波寺の魅力が光ります。
桜と門、石灯籠の美しい景観が訪れる人を魅了します。
敷居が高い雰囲気が、静かな佇まいを醸し出しています。
公開寺院ではなさそうです。参拝叶いませんでした。
前は何時も通ります、その度、生野に有るのに、難波寺なんやろ、難波の方から来たんかな?と、何時も思います、そのうち調べて見たいと、思います⭐🧐
この寺は、736年(天平8年)聖武天皇の勅命により行基によって、奈良東大寺の大仏開眼法要のため、遣唐使の船にて来日したベトナムの僧侶を宿泊させるため、現在の天王寺区東高津町に創建されたと伝えられ、当初、三井寺の直末として天台宗に属していた。 室町時代に入ると荒廃し、江戸時代に入って妙心寺塔頭後花園院の卓同和尚により中興され臨済宗に改められた。 1925年(大正14年)現在地に移された。
前を通ったら、看板が目に留まりました。さすが禅宗(臨済宗)のお寺❗
元は近鉄上本町駅付近にあったそうです。移転して今のところに昔、移って建立し、開山されました。臨済宗妙心寺派の禅宗です。座禅会も時々開かれています。町の中にありながら、とても心の落ち着く癒しと自分を見直すことの出来る所で、なにわ100寺にも入っている由緒正しいお寺です。
月一回の坐禅会に予定があえば参加しています。約15分を3回座ります。詳細は難波寺サイトをご覧頂くとして、お気楽坐禅会とご住職が言われているので気負わずに参加できるのが良いです。当初三人程度からスタートした座禅会だったそうで現在は夏場には三十人ほどの参加者がいらっしゃいます。(冬季は参加人数が結構減りますがw)御住職、副住職ともにわりと親切丁寧に接して頂けるので、どうぞお立ち寄り下さい。御本尊は、西国八番札所 長谷寺と同じ御神木から切り出された観音像だと言われています。戦前に上本町より移転され、さらに道路拡張に伴い境内の面積は半分以下にまで縮小されたそうで、その際に本堂は現在の位置に移動されたという事です。ちなみにお伺いしたところ、かつては大阪三十三所や摂津三十三所に名を連ねていたことから御朱印はあるようです。一体三百円だそうです。2019/2/17:追記座禅会参加後に御朱印いただきました。大阪48地蔵、大阪三十三観音霊場、旧摂津三十三観音霊場札所だという事ですが、お尋ねしたところ朱印は一種類のようです。ちなみに、座禅会に参加しなくても朱印頂けますのでご安心を。
灯篭に元禄と彫られているので、1890年過ぎ頃からあるお寺かと。
お参りしてみたいが、なんとなく敷居が高い気がして入れません。
傍に植えてある桜と門と石灯籠の組み合わせがとても趣のある美しさで、思わず足を止めて眺めてしまいました。残念ながら門は閉まっていたので入れず、ご朱印をやってるかどうかまでは解りませんでした。でも桜の時期は外から眺めるだけでも癒されると思います。
| 名前 |
難波寺 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
06-6752-7053 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
大阪市生野区にある難波寺(なんばじ)は、臨済宗妙心寺派の寺院です。大正14年、近鉄電車が上本町に駅と本社を建てるため、東高津神社・源正寺と共に立ち退きとなりました。難波寺は生野区巽北1丁目に移転しました。移転前は、野中の観音と呼ばれ人々の信仰を集めていました。天平8年(西暦736年)8月21日、奈良の東大寺の落慶開眼供養のためにベトナムから楽士(音楽家)を迎えるため、聖武天皇が行基菩薩に命じて高津の浜に精舎を建立したものと伝えられています。また、観月の名所で、聖武天皇もよく臨幸され、月江山難波寺という名も天皇より賜ったものです。毎月第3日曜日午前7時半~8時半、事前予約不要・無料・初心者歓迎。足の痛い方は椅子も用意しています。住職は、国立音楽大学卒業 音楽家です。石碑がふたつありました。縦長です。風化して読めませんでした。