キリシタン殉教の地、歴史に触れる。
日本二十六聖人殉教地(西坂公園)の特徴
日本二十六聖人殉教地は、歴史的なモニュメントを有する場所です。
長崎駅から徒歩圏内にあり、景色が良い丘の上に位置しています。
キリシタンの歴史を感じる荘厳な地として、訪れる価値があります。
長崎駅のホテルから見えていた2本の煙突のようなものを追ってきてみたら辿り着きました。なんと前から気になってて行ってなかった場所だった。建築家の今井兼次(いまい かねつぐ)さんは、ガウディを日本に紹介した方らしい。建築も興味深く、歴史にも触れられました。ただの好奇心が学びにつながりとてもワクワクする気持ちにもなりました。
西坂公園【日本二十六聖人殉教記念碑や日本二十六聖人記念館などがある】伴天連【バテレン】追放令の後も宣教師やキリスト教を黙認していた豊臣秀吉ですが、後からやってきたスペイン系フランシスコ会が好き勝手し始めたので、激怒しました。日本の実情に合わせ、ひっそりと活動してたポルトガル系イエズス会からしたら、えらいとばっちりを受けました。備後国三原城跡にも銅像があった「聖トマス小崎」の手紙についても詳しく説明されています。
日本のキリスト教の歴史を知るためにも一度行くといいと思います。
訪問: 2025年7月1597年2月5日に豊臣秀吉の命令で長崎で処刑された26人の地。最年少は12歳。国宝 大浦天主堂は、こちらを向いて建てられています。
豊臣秀吉のキリシタン禁止令により、1597年、宣教師・信徒計26人が京都・大阪から移送され、この地で処刑された。
物見遊山だけの気持ちでここを訪れ、碑を眺めることで良いのだろうか、と思いつつも印象的なフォルムの碑と、碑の前に小さく広がる広場が、良い空間のデザインで、とても印象的だ。
桜の木は少ないですが、長崎駅から徒歩圏内。人も少なく静かに桜と長崎らしい風景を楽しめます。
妻が訪れたことが無いと言うのので三十数年ぶりに訪ねました。十二月始めの朝8時半頃。十二歳を含む清く強い志しの有る尊い二十六人が一人の権力者の欲と怒りのせいで、京の都から耳を削がれ鎖に繋がれこの丘までみせしめの為歩かされそして絶命させられました。それでも天に召されるその姿は海の彼方を見すえ微笑みすら感じられます。嘘をつかず、人を責めず正直に命を全うしたらこの微笑みに成れるかなぁ?
豊臣秀吉によるキリシタン禁止令により、宣教師6人と日本人信徒20人が処刑された丘。キリスト教弾圧の歴史を物語る聖人のレリーフと記念館が建ちます。こちらに駐車し、聖フィリッポ教会へ向かいました。
| 名前 |
日本二十六聖人殉教地(西坂公園) |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
095-829-1184 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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1597年、豊臣秀吉の命により、京都・大坂で捕らえられたキリスト教徒26名が長崎の西坂の丘で磔刑に処された。犠牲者はフランシスコ会士6名と日本人信徒20名で、うち最年少は12歳の少年・ルドビコ茨木だった。この出来事は「二十六聖人の殉教」として知られ、1862年にローマ教皇ピウス9世により列聖された。現在、処刑地跡には記念碑と日本二十六聖人記念館が建てられており、ブロンズのレリーフが26人の姿を刻む。世界中のカトリック信者が訪れる巡礼地であり、日本におけるキリスト教弾圧の歴史を伝える重要な史跡となっている。