歴史感じる渡具知海岸。
米軍上陸の地碑の特徴
戦争の歴史を感じる、米軍上陸の地碑がある場所です。
1945年の歴史的背景を思い起こさせる散歩コースが魅力的です。
美しい海の景色を眺めながら考えさせられる穏やかな空間です。
米軍上陸の地の碑は、泊城公園の丘の上にあり、すぐ北には渡具知海岸がある。まさに米軍は1945(昭和20)年4月1日、この渡具知海岸から沖縄本島に上陸したのである。碑は3つあり、米軍が上陸したルートを示した地図、「勿為沖縄戦場」碑、そして米軍上陸時の比嘉川河口部を写した写真碑がある。地図によれば、米軍は北谷町から残波岬にかけての海岸沿いに上陸した。また、上陸前には沖縄本島中南部の西の海に米軍の艦船が集結し、陸へ向けて艦砲射撃が行われた。それに加えて、空襲もあり、沖縄は米軍上陸以前から「鉄の暴風」が吹き荒れていた。地上での生活は、この時点ですでに死と隣り合わせだったのだ。沖縄戦に関する展示を見学し、書籍を読み、各地の戦争遺跡を巡ったあとで、この碑がある西海岸を眺めると、この海にも当時、艦船が集結し、艦砲射撃が行われていたのだということが思い起こされる。現在、この碑の西側には青空と青い海が広がっている。その風景を前にすると、今この海に艦船が並んでいないこと、そして平和であることの尊さを、あらためて思い知らされる。
【80年前沖縄は戦場だった】1945年の4月1日はイースターだった。05:30艦砲射撃を開始。10万発の砲弾。08:30読谷、嘉手納、北谷で上陸を開始。米軍は上陸部隊だけで18万3千人を投入。後方支援や英国軍を含めると総兵員数54万人。最初の1時間で、1万6千人が上陸した。艦船は1333隻が使用された。同日中に、読谷北飛行場と嘉手納中飛行場を占領。嘉手納中飛行場などにはダミーの戦闘機が置かれていた。激しい砲撃のため那覇や首里の地面は一面砲弾による穴が空き、後にそこに雨水溜まって蜂の巣のように見えた。上陸作戦に動員された兵士たちは、前年のノルマンディ上陸作戦のことを聞いていたと思われるし、「ペリリュー・沖縄戦記」を書いたユジーン・スレッジのようにガダルカナル、ペリリューなどで戦ってきた兵士もいたので、大きな不安の中で上陸船艇に乗ったはず。それが予想と違って日本軍の抵抗はなく、エイプリルフールかと思える、ピクニックのようだと例えられた上陸だった。足を濡らすことなく上陸した海兵隊員も多くいた。80年前の沖縄のことを思うと、これからずっと沖縄も日本のどこも戦闘のために軍隊が上陸するようなことになってほしくない。本当の平和とは何か。沖縄で、太平洋のどこかで、広島・長崎で犠牲になった方々の事を思いながら全ての日本人が考えて欲しい。6月23日の沖縄慰霊の日に来られなかったが、これから数日掛けてこの米軍上陸の場所から住民も日本軍も行き場所が無くなった最南端の荒崎海岸へ向けて戦争の痛みの部分を訪れる。
2025年3月訪問ちょうど80年前の1945年4月1日、米軍は圧倒的な大軍団でここ嘉手納ビーチに上陸した。予想されていた日本軍の抵抗はほとんどなく、肩すかしされた米軍兵士は「エイプリルフールかな?」と冗談を飛ばしたという。しかしここから首里城(日本軍本部)への行軍は、地獄への始まりだった。珊瑚の石灰岩洞窟に潜んでいた日本軍は、約2ヶ月もの間頑強に抵抗し続けた。首里が陥落しても、さらにその後1ヶ月も沖縄戦は続く。米軍は事前に、日本軍が必死で造った嘉手納飛行場を使用不能なほど破壊していたが、その日のうちに飛行場を占領。すぐさまブルトーザーで滑走路整備をして次の日には米軍機が続々着陸したそうです。人力と牛馬頼りだった日本とは雲泥の差です。
大東亜戦争戦跡めぐり1945年4月1日に米軍が沖縄本島へ上陸を開始した場所です。当時は、残波岬くらいから北谷の海岸線まで大規模に上陸作戦が開始されました。日本軍は、水際作戦を立てず、わずかな守備隊のみの散発的な攻撃でした。その後、嘉数、前田高地の激戦へ繋がって行きます。写真に写っている赤マルの岩は、当時からある岩です。この河口付近に米軍の支援物資が水揚げされてました。
今から80年前の太平洋戦争時、最初に米軍が上陸した場所だそうです。
太平洋戦争の末期、沖縄戦の本島上陸の地✈️このように豊かな自然な中、戦争が始まったと思うと😢平和な状態が続くよう祈りばかりです🙏
東屋もたくさんあり眺めの良い場所でした。
戦争があったことも考えると素直に景色が良いことを楽しんでよいものかちょっと複雑な気持ちになります。
ワタシが行った時、多分USのカップルが犬連れて散歩してました。戦わなかったです。
| 名前 |
米軍上陸の地碑 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| HP |
https://yomitan-sonsi.jp/sonsi/senseki/map/guide/guide13.html |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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今回は初めて米軍の視点で戦跡を回ってみました。上陸地点と言うには幅広いですが西海岸中央部の南北遮断を意図して上がったそうです。