歴史感じる東海寺、沢庵和尚の故郷。
東海寺の特徴
徳川家光公が招いた沢庵宗彭を創建者とする寺院です。
沢庵和尚ゆかりの墓地が近くにあり、歴史を感じられます。
風情があり、江戸時代の面影を伺える魅力あるお寺です。
東海寺は臨済宗 大徳寺派 万松山 東海寺と號すお寺です。徳川幕府3代将軍家光公により創建され、元禄7年の全焼後にはすぐに5代将軍綱吉によって再建されるなど、幕府による手厚い保護を受けていた。500石の朱印領と47,666坪に及ぶ広大な寺域を有していた。 寛永16年(1639年) 徳川家光公の開基で但馬国出石の沢庵宗彭を招聘して創建。開山和尚は沢庵和尚となるそうです。
徳川家光が但馬出石の沢庵宗彭を招聘して創建した臨済宗大徳寺派の寺院江戸期は500石の朱印領と47,666坪の寺域を有し、東は国道15号、西はJRより西、南は目黒川、北は品川神社(東海寺の鎮守)と今の品川学園や消防署等がすっぽり入る広大なものであったが、維新後明治新政府に寺領を接収され、現在の寺域は旧塔頭玄性院のあった場所に狭められた(同じように寛永寺や増上寺も寺領の大部分を取り上げられている)熊本藩主細川家墓所(非公開)のほか現在JRによって分断された大山墓地には沢庵や賀茂真淵の墓があるなお、板垣退助の墓は現在品川神社境内からしか行けないが元は東海寺塔頭高源院(移転)の墓地にあったのがとり残されたもの。
品川区北品川桜を見に目黒川下った際、雰囲気良くて立ち寄る。敷地は砂利が敷かれて創建当時ものと思われる立派なお堂と鐘があった。プレート見たらたくわんを普及させた沢庵禅尚のお寺との事。無造作に門の扉が鐘堂に立てかけられたのはどうかと思うが、砂利の間に可憐な紫の花が咲いてるのを見るとふんわりした気持ちになる。
沢庵和尚の墓は通りの向う側、線路したをくぐって、線路脇を品川方こうに行った先の墓地の中です。
・始まり徳川幕府第3代将軍、徳川家光公により但馬国(現在の兵庫県)出石から沢庵宗彭(たくあん・そうほう)を招き創建される。元禄7年(1694年)に品川宿の火災により全焼するも、徳川幕府第5代将軍、徳川綱吉公により再建される。その後も幕府より手厚い保護を受ける。500石と47666坪の広大な敷地を持つ。沢庵宗彭は、漬物ではポピュラーなタクワン漬けの元祖といわれ、元々は関西で食されていたタクワンを関東で普及させたのが、今日のタクワンです。境内には、青山家のお墓がありました。青山家とは、徳川家譜代の大名で遠江国(現在の静岡県)掛川藩から始まり、摂津国(大阪府と兵庫県の間にあった旧国名)尼崎藩→信濃国(現在の長野県)飯山藩、丹後国(現在の京都府)宮津藩→美濃国(現在の岐阜県)郡上藩(ぐじょう)で明治維新を迎える。石高48000石。因みに、東京渋谷区に青山という地名と青山通りがありますが、この青山という名前は、この青山家から来ています。山号 萬松山宗派 臨済宗大徳寺派アクセス京急本線、新馬場駅より徒歩5分です。
島倉千代子の墓がある。
徳川家光が禅僧沢庵を迎えて開いた寺。たくわえ漬、たくあんが考案された地。
風情があり歴史を感じられるお寺です。
沢庵和尚がたくあんを作ったお寺。
| 名前 |
東海寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
03-6433-9422 |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP |
http://www.tesshow.jp/shinagawa/temple_nshinagawa_tokai.html |
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
〒140-0001 東京都品川区北品川3丁目11−9 東海寺 |
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品川区北品川。1639年創建。本尊は釈迦三尊像。徳川家光によって但馬国の沢庵宗彭を招いて創建され、500石の大きな朱印領に17もの塔頭が立ち並ぶ巨大なお寺でした。なお、沢庵宗彭は大根の漬物である沢庵漬の考案者と伝えられています。境内にある梵鐘は1692年に徳川綱吉の生母・桂昌院が家光の菩提を弔うために寄進したもので、品川区の有形文化財に指定されています。世尊殿と呼ばれれる仏殿は1932年に建立され、中には本尊の釈迦三尊像を始め、閻魔王や十六羅漢も安置されています。明治維新の際に寺領の殆どは新政府に没収され、塔頭の1つであった玄性院が現在の寺域となっています。時間の都合で私は行けませんでしたが、今は飛び地になっている大山墓地には沢庵和尚や江戸時代の国学者・賀茂真淵の墓所もあります。