那覇の隠れた大石、神秘の力。
仲島の大石の特徴
高さ約6mの琉球石灰岩がそびえ立ち、神秘的な佇まいを見せます。
トトロの木を彷彿とさせる樹木が大きな岩の上に茂っている景観です。
県指定天然記念物で、歴史的な価値を持つ貴重な史跡です。
文化財 市外バスターミナル構内にある琉球石灰岩で、高さ約6m、中央部の周り約25m、下部の周囲は約18mある。岩の下部は波に洗われてくぼんだ跡(ノッチ)があって、昔この辺りが海岸であった俗称を仲島の大石(なかしまヌウフシー)といい、その付近は「仲島前の浜(なかしまメーヌハマ)大石の前(ウフシーヌメー)などと呼ばれ近隣住民に縁起の良い岩として大切にされている。
2025年3月6日に大きな岩に気づいて見学。説明では、高さ6mの琉球石灰岩だそうです。かつての久米村で風水的に縁起の良い大石とされていたそうです。さらに絵も紹介されていました。葛飾北斎による「中島焦園」という琉球八景のひとつ。北斎は沖縄に来たことはなく、想像で描かれたそうですが、江戸でも琉球のこの大石は有名だったようです。
都会の真ん中にあるミニラピュタのような巨大な石灰岩。かつて入江の中に浮かぶ岩だったため、根元が浸食されている。今はその根元に小さな祠が祀られている。
1672年。王府が仲島一帯を宅地にしようと予定し、これを知った対岸にあった久米村(くにんだ。現在の久米)の人々が埋め立てに反対しました。久米村の長官であった金正春という人物が『風水では久米の南門に当たる場所なので、この石は重要である』と言いました。風水では、南の龍珠とされていたのです。岩の下に拝所の岩の下には、仁天屋船久久姫神の御嶽があります。仁天屋船久久姫神は、琉球神道の龍神である天水龍大御神(あますいりゅうおおかみ)の次女で酉の干支の龍神です。
バスターミナルの脇道を歩いていた際に偶然立ち寄りました。繁華街の真ん中に目を引く大きな樹(?)と鳥居があったので、近づいてみるとその本体はとても大きな岩!説明文によると古くから地域住民に縁起の良い岩として祀られてきたほか、この岩には波に浸食された跡があり、古代にはこの付近が海岸だったことを示す証跡という側面もあるそうです。■料金:見学無料■アクセス性:那覇バスターミナルすぐそば。
那覇市泉崎の市外バスターミナル構内にある琉球石灰岩で、高さ約6m、中央部の周り約25m、下部の周囲は約18mです。岩の下部は波に洗われてくぼんだ跡(ノッチ)があって、昔この辺りが海岸であったことを知る貴重な資料になっています。俗称を「仲島の大石(なかしまヌウフシー)」といい、その付近は「仲島前の浜(なかしまメーヌハマ)」、「大石の前(ウフシーヌメー)」などと呼ばれ近隣住民に縁起の良い岩として大切にされてきました。古くはこの付近に仲島遊郭(ゆうかく)があり、1908年に辻町(つじまち)に合併移転するまでにぎわっていたと推測されています。
大きな石灰岩の上にそびえ立つ樹木が印象的。自然の力を感じます。自然信仰とはこういうことなのだと思う。管理社は沖宮とのことだが沖宮には御朱印は無かった。
大きな石灰岩の上にそびえ立つ樹木が印象的。自然の力を感じます。自然信仰とはこういうことなのだと思う。管理社は沖宮とのことだが沖宮には御朱印は無かった。
巨大な岩と木に生命力を感じます。旭橋駅からすぐ近く、バスターミナル横▼以下石碑の文言です(日本語のみ)【仲島の大石(ナカシマノウフシー)】Nakashimano-ufushi Rock沖縄県指定史跡・天然記念物1958年(昭和33) 3月14指定仲島大石頭高さ約6m、中央部の周囲は約 25mの琉球石灰岩で、岩の下の方は波に侵食されてくぼんだ「ノッチ」と呼ばれる跡があり、昔このあたりが海岸であったことを示している。久米村の人々は「受筆藤」とも呼び、村の風水にかかる縁起のよい大石として参重していた。また、この付近に仲島の遊廓があり多くの遊人が訪れ賑わっていた。歌人として有名な「よしや思鶴(吉屋チルー)」も、この遊廓で短くはかない生涯を終えたと伝えられている。1908年(明治41 年)には仲島の遊廓は辻に移転し、大正初年までにはこの付近は埋めけてられ現在に至っている。浮世絵師として有名な葛飾北斎は、琉球を訪れていないが、琉球八景の中で「中島焦園」を幻想的に描いており、中央手前の岩が現在の仲島の大石である。
| 名前 |
仲島の大石 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
昔はここまで海岸線があったことが窺える高さ6mの巨岩です。神秘的です。