神話と歴史を感じる小戸の神社。
小戸大神宮の特徴
小戸公園内にあり、厳かな雰囲気の神社です。
天照大御神や伊邪那岐神が祀られています。
歴史や神話好きには魅力的な伝説が満載です。
小戸公園の中にこのような神社があったことにビックリです。公園散歩の際に参拝しました。境内には願掛け石がありました。子授、安産などに良いそうです。日が沈みかけると境内自体が薄暗くなるので注意です。境内から下るときに見える夕日も凄く良かったです🌅
小戸公園の中にある小戸大神宮に行ってきました。公園内でも少し奥まった小高い場所にあり、その入口から既に静謐な雰囲気が漂っています。この地は日本の神話において伊邪那岐命が禊祓を行ったとされる由緒ある場所で、天照皇大神や住吉三神などが御降誕されたという伝承もあるそうです。その歴史の深さを感じながら参拝しました。拝殿へ向かうためには、結構な数の石段を上る必要があります。運動不足の身には少し堪えましたが、上りきった先の境内の厳かな空気は格別でした。清々しい自然に囲まれ、日常を忘れて心を落ち着かせるには最適な場所です。パワースポットとしても知られているようで、神様の力をいただけたような気がします。
小戸公園の小高い丘にある小さな神社。福岡藩六代藩主・黒田継高の時代に、漁師が海底から引き揚げた「銅矛」を神宝とし、享保10年(1725年)に創建された。天照大神などが祀られているが、伊邪那岐(いざなぎ)神が天照大神を生んだ地という説もあるとか。祓詞の一節「掛けまくも畏き伊邪那岐大神、筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に~」によるもの。
神社のお祓いの時ののりとに登場する古い神社 ですか?びっくりです掛かけまくも畏かしこき伊邪那岐大神いざなぎのおほかみ、筑紫つくしの日向ひむかの橘たちばなの小戸をどの阿波岐原あはぎはらに、御禊みそぎ祓はらへ給たまひし時ときに生なり坐ませる祓戸はらへどの大神等おほかみたち、諸もろもろの禍事まがごと・罪つみ穢けがれ有あらむをば、祓はらへ給たまひ清きよめ給たまへと白まをす事ことを聞食きこしめせと、恐かしこみ恐かしこみ白まをす、邪馬台国に関係があるのかなと思いました。
2025年4月週末朝訪問。海沿いをランニングしていたら大神宮なるものがあることを知り立ち寄ってみた。子授け・安産祈願の石に座って願い事をすると叶うらしい。
小戸公園の中にある厳かな神社です。ワンコの散歩しながら参詣できますね🐶
雨の日に訪れたのであまりゆっくりは出来なかったけど神話好きな人や歴史好きな人には興味深い神社だと思います。 小さなお社です。
妙見岬にある小戸公園内にひっそり佇む小さなお社です祝詞でよく唱えられる祓詞には、伊邪那岐大神が筑紫の日向の橘の「小戸」の阿波岐原で禊ぎ祓いをしたとあり、その候補地の一つになっています鳥居からまっすぐの参道と石段をあがった先にお社が鎮座しますその手前に賽銭箱がありますが、お社の形をしていてちょっとかわいいです。
カラスや鳩が沢山います。昼間でも薄暗く鳥が荒らす音がしているので怖い感じがありました。でも地蔵尊としては綺麗にしてらっしゃるので、参拝だけであればとても良いと思いました。
| 名前 |
小戸大神宮 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
090-3194-1317 |
| 営業時間 |
[月火水木金] 9:00~18:00 |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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神社で唱えられる祝詞「祓詞(はらえことば)」の冒頭「掛けまくも畏き 伊邪那岐大神筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に…」で唱われる「小戸」の地ではないかとの説がある小戸公園の小高い丘にある小さな神社。こちらでお祀りされているのは◯天照大神皆さんご存知の最も尊い神。◯天手力雄神(あめのたぢからおのみこと)岩戸隠れの際は岩戸の脇に控えており、アマテラスが岩戸から顔をのぞかせた時、アマテラスを引きずり出して世界に明るさが戻った。◯栲幡千千姫(たくはたちぢひめ)古事記では万幡豊秋津師比売命(よろづはたとよあきづしひめのみこと)薄い上質な羽衣を作る技師だったようです。日本書紀では天照大神の子の天忍穂耳命(あめのおしほみ)と結婚し、天火明命(あめのほあかりのみこと)と瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を産んだことなっていますが、古事記では瓊瓊杵尊と木花開耶姫(このはなのさくやひめ)の第三子が火明命(ほあかり)となっています。ここは福岡藩六代藩主・黒田継高の時代に、漁師が海底から引き揚げた「銅矛」を神宝とし、享保10年(1725年)に創建されたようです。その「みそぎ祓」の場所の説は、元昭和薬科大学教授で古代史家であった故古田武彦氏の著書『盗まれた神話』において記紀神話(古事記・日本書紀)の舞台は本来「博多湾岸(筑紫)」であったと論証されています。「第七章 天孫降臨地の解明」 では天孫降臨の場所「竺紫の日向の高千穂の久士布流多気」をこれまで九州全体を「筑紫島」としてきた解釈を他古文書の解釈と比較したうえで否定し、「筑前内の一領域」であると論証しています。また黒田長政の書状に記された文面より天孫降臨の地「久士布流多気(くしふるたけ)」を博多湾岸と糸島郡との間、高祖山を中心とする連山の正式名称がついていない山と結論づけています。「古事記」に書かれているニニギノ命のその地で述べた言葉「此の地(糸島郡、高祖山付近から望む)は…(1) (北なる)韓国に向かって大道(海路)が通り抜け(2) (南なる)笠沙の地(御笠川流域)の前面に当っている。そして、(3) (東から)朝日の直(じか)に照りつける国、(4) (西から)夕日の照る国だ」を“この地(前原を中心とする糸島郡)は、博多にとっての聖地だ”と言っていると解釈し、糸島半島が太陽信仰の聖地であるとしています。そしてイザナギが黄泉(よみ)の国から逃げ帰り、ここでミソギをし、そのとき天照大神やスサノオ命・月読命らが生まれたという、まさに日本神話の主神誕生の聖地「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原」を北は能古島に相対し、西南は高祖山連峯を望む、この博多湾岸の姪の浜海岸の「小戸」だとしており、小戸公園にある小戸大神宮には「みそぎ祓いの地」という説がある旨の看板を福岡市が設置しています。現代の歴史学では書かれた内容を事実とは受け止めず、誰が何の目的で書いたかの分析が進められており、目的に応じた解釈が進められています。日本書紀は長らく史実を記述した書物とされていて国家の正史とされていますが、政治的な思惑が反映され神話的な記述が多く唐や北朝に合わせるために、近年では意図的に改ざんされている可能性が高いとされています。古事記については物語的に書かれており、国内の貴族向けに書かれているとされ、「因幡の白兎」神話は古事記だけに書かれていたりと日本書紀との差異も見られます。天孫降臨やみそぎ祓いの地が鹿児島や宮崎とされている事は神話としてはロケーションも良く素敵だと思っていますが、本当はどこだったのでしょうか…太古の歴史ロマン深まる良い場所ですね。