地域住民と共にある八幡様。
牧口八幡社の特徴
地域住民に親しまれる八幡様が祭られています。
静かな雰囲気の中で心を癒せる場所です。
自然に囲まれた綺麗な環境が魅力です。
八幡社は八幡宮・八幡神社・八幡様とも呼称されている・応神天皇が崩御された後に我は誉田天皇広幡八幡麻呂ホンダのスメラミコトヒロハタのヤハタマロなりと告げられ八幡大神として宇佐の地に姿を現したこれが宇佐八幡宮の起源となった事から八幡宮と言われている・全国に44000社ある祭神は応神天皇=誉田別尊は戦いの神様・神功皇后は安産の神様・玉依姫命は縁結びの神様で三柱を祀っている・清和源氏により勧請創建された八幡宮も多い・仏教的神号は八幡大菩薩781年朝廷は宇佐神宮に鎮護国家仏教守護の神として神号を贈っている・奈良時代から神仏習合が進み全国のお寺の鎮守として八幡大菩薩が勧請される様になり八幡平市=八幡神が全国に広まって行った。
地域住民の八幡様への親しみを感じる神社。国道387号からお社への直線の参道があるが、今は荒れている、しかし通ることは出来そう。大きく立派な赤い鳥居が目を引く。2022.11.9 お詣りすると参道の石畳がコンクリート舗装に変わり、中ほどに『心石(ハート)』が埋め込まれていた。
| 名前 |
牧口八幡社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
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道から少し中に入り込んだ所に有りました。歴史ある神社の様ですが、ハート石が有ったりして面白かったです。以下引用させて頂きました沿革建保4年(1216年)に大友氏家臣の小野和泉高村が鎌倉の鶴岡八幡宮の分霊を牧口に勧請したのが始まりとされ、その後、洪水で流されたために現在地の田中山に遷座。地頭の麻生上野守氏貞や阿蘇大宮司家の阿蘇惟忠(応永22年(1415年) - 文明17年5月1日(1485年6月13日))によって社殿の修築や造営が行われた。現存する南北朝時代から室町時代にかけての棟札にも、阿蘇神社との関係を示すものがある。祭事秋季例大祭は、毎年10月15日・16日。夏季に行われる夏越祭りでは、カヤで作った大きな輪をくぐって厄を払い無病息災を祈る大祓#茅の輪くぐり(輪こぐり)神事が行われる。文化財石鳥居「万治三年」(1660年)の銘が刻まれた玖珠郡に現存する最古の鳥居である。島木と笠木はひとつの石でできており、その下に平餅状の台輪がある台輪鳥居で、柱には内側に傾斜する「転び」がある。高さ3.18m。「牧口八幡社石鳥居」として九重町の有形文化財に指定されていたが、平成28年(2016年)4月16日未明に発生した熊本地震の本震で倒壊し、ばらばらになった。しかし、再び地震で倒壊する恐れがあるため一部のみではあるものの、平成29年(2017年)4月には、ばらばらになった石材を接着して鳥居の上部(高さ約0.7m、幅約4m)が復元され、平成28年(2016年)秋に建立された新たな鳥居の横に設置された。樹木社殿の右手に、樹高 約15m、胸高周り 3.69m、枝張り 約10mのタブノキの大木がある。樹齢は不明。本殿と小社の間には九重町の天然記念物に指定されたケヤキの大木があったが、平成3年(1991年)の台風第19号で倒れ、直径2m余の切株が残っている。