歴史の息吹感じる眺望。
衣笠城跡の特徴
衣笠城跡は武田清光の後胤による歴史的な築城です。
自宅から南側に美しい山々を望むロケーションです。
整備が進んでいないため、道案内が少ない静けさがあります。
🔷歴史築城者は甲斐源氏新羅三郎義光の流れ武田清光の後胤であり、代々熊野警護職及び本宮山の社家として熊野神領の管掌にあたっていた愛洲経信とされている。 経信は鎌倉幕府の記録役人も務めていたが、執権である北条時頼との確執から自領である南部荘の館に帰り、その後三栖荘の地頭も兼ねここに城を築いた。 愛洲氏は南北朝時代には南朝方として活躍し、龍松山城主山本氏らと共に57年間の永きにわたり吉野朝を支えた。 南北朝後、紀伊国守護畠山基国の実子義就と養子政長との家督相続が勃発した際に、政長方であった愛洲氏に対して義就方の日置久木城主小山家長に攻め込まれ落城するも、その後奪い返している。 天正13年(1585年)秀吉の南征軍に攻められ衣笠城は落城、愛洲氏12代当主綱俊は雑賀に逐電したという。🔷現状衣笠城は田辺湾や田辺市街地、また三栖、秋津が一望できる標高235mの山頂にある。 城跡までは農道を登り主曲輪横の駐車場まで行くことが出来る。 衣笠城は中世城郭では田辺市で最大規模を誇る城跡であったが、第二次世界大戦時に特攻隊司令部や、NHKの送信鉄塔(今は無い)が設置された際、工事用道路建設や敷地整備により遺構の一部が破壊されたが、主曲輪土塁や空堀、溜池跡が残されている。 現在衣笠城は草刈りや桜の植栽らの整備が行なわれ、平成5年に田辺市指定文化財に指定されている。
標高234m、比高約180m田辺市指定文化財車で近くまで登れる🛻ラクチン主郭に説明板と石碑があった土塁がT字に残ってる西側の帯郭を下りると堀切♪東側は横堀♪に土塁♪四角に囲まれた部分がある眺めも良いとこだったよん。
自宅から南側に見えている山です。山頂近くに電波塔が建ってます。以前は山頂にNHKテレビ(田辺三栖)アナログ中継所がありました。山頂からの眺めが良く、田辺市下三栖から上万呂、中万呂、下万呂、田辺の街並み、白浜が見えてます。
田辺市街地や白浜温泉街が見えます。
整備がきれいにされていなく、道案内もない。
| 名前 |
衣笠城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP |
http://kisyujt.com//html/castle/wakayama/tanabe/kinugaa2.html |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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みかん畑の農道を通り抜けて、城域まで車でいけますが、険路なのでせいぜいコンパクトカーまででしょう。もっと近くまで行けたのですが、落ち葉で道の見通しが悪くなったので、鉄塔近くのPCXF+CXC(田辺市)に駐車しました。そこから200メートルほど進むと城域でした。写真のとおり、主郭は藪に覆われていますが、立派な説明板と石碑があります。横堀の見通しはよく、見応えがありました。